家の猫の話 Vol.1
夜になって帰宅した嫁と娘に、オイラはことの成り行きを説明しました。2人はオイラを責めるようなことは一切せず、一緒に懐中電灯を持ってアズキを探してくれました。しかし、どこにもアズキの姿はありませんでした。
翌日に猫探しの業者に連絡を取り、周辺を数日間捜索してもらいましたが、結局手掛かりはゼロ。 一方オイラは、ご近所さんのお宅を一軒一軒訪ねてお願いをし、家の縁の下、庭の隅や軒下、物置の陰などを探させてもらいましたが、痕跡すら見つけることができませんでした。
アズキ失踪の責任を強く感じたオイラは、それから1ヶ月の間、猫のカリカリのケースを鳴らしながら毎晩近所を探して歩きました。「アズキ~」と名前を何度も呼びながら。長野オリンピックでスキージャンプの原田がジャンプ台の方を振り返って「船木~」と呼んだあの声のトーンの感じで。
それはきっと近所のひとにしてみたら不気味な光景だったことでしょう。でっかいおっさんが猫のエサをジャコジャコ鳴らしながら、原田のトーンで夜な夜な近所を徘徊してるのですから。自分が逆の立場だったらまず間違いなく警戒しますもん。
結局アズキと再会することは二度とかないませんでした。10数年経った今でも、暗闇から猫が飛び出してくると「ひょっとしてアズキかも」と思ってしまう自分がいます。
怖い思いをさせてしまってすまなかったね、アズキ。本当にごめんよ。
プロフィール
ピエール瀧 | 1967年、静岡県出身。1989年に石野卓球らと電気グルーヴを結成。道行く人に「あなたのオススメは?」と尋ね、その返答の通りに旅をするYouTube番組『YOUR RECOMMENDATIONS』が好評配信中。著書に『ピエール瀧の23区23時』(産業編集センター)、『屁で空中ウクライナ』(太田出版)など。3月1日(金)より、主演を務める映画『水平線』が全国順次公開中。 photo & text: Pierre Taki, edit: Ryoma Uchida
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