手塚治虫や宮崎駿からの影響も!? 人間が動物化する突然変異の恐怖に襲われた世界を描く『動物界』
監督は今回が長編第2作となる1980年生まれのトマ・カイエ。脚本もカイエ自身によるものだが、もともとは監督の出身校でもあるパリの映画学校ラ・フェミスの学生、ポリーヌ・ミュニエのオリジナル脚本が原案になっているという(彼女は共同脚本としてクレジット。監督と共にセザール賞脚本賞にノミネートされた)。本格的な脚本執筆は2019年に開始されたが、まもなく新型コロナウイルスが猛威をふるい、ロックダウンが訪れた。紛れもなくコロナ禍の閉塞的な状況が、『動物界』の世界像に色濃く反映されているだろう。差別や偏見といった社会的スティグマ、あるいは排斥など、都合の悪いものにふたをしようとする集団ヒステリーの様相が、人間社会の寓意として本作には鋭く込められている。 身体変容をダイナミックに見せていく作風は「クローネンバーグ的ボディホラーと宮崎駿的ファンタジーのあわいを行く」(Indiewire)といった評もあるが、手塚治虫の『バンパイヤ』や岩明均の『寄生獣』など日本のマンガを連想する要素も多い。視覚効果も見事だが、特殊メイクとアニマトロニクス(生物を模したロボットを使って撮影する技術)、デジタル3Dといったさまざまな技術を組み合わせて、アニマライズの描写と近未来社会の仮構力を高度に実現している。 そしてヒューマンドラマとしての充実。フランスを代表する名優ロマン・デュリス(1970年生まれ)と、『Winter boy』(2022年/監督:クリストフ・オノレ)などの新星ポール・キルシェ(2001年生まれ/女優イレーヌ・ジャコブの息子)が演じる父親と息子の愛と信頼関係が、やがてエモーショナルに迫ってくる。政府の隔離政策に反対し、“新生物”との共生を望むフランソワは、果たして変貌するエミールに対してどんな決断を下すのか──? トマ・カイエ監督はこの親子関係の在り方について、なんと小津安二郎監督の『父ありき』(1942年)からインスパイアされたらしい(笠智衆と佐野周二!)。またエミールという名前は、自然回帰を説いたジャン=ジャック・ルソーの教育学の歴史的名著『エミール』(1762年出版)を意識したものかもしれない。深掘りすればするほど、さまざまな文化的影響を見いだすことができるのも本作の魅力である。 (C)2023 NORD-OUEST FILMS – STUDIOCANAL – FRANCE 2 CINÉMA – ARTÉMIS PRODUCTIONS. Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito