盃にゆらぐ滝夜叉姫の艶姿 力強い黄金の滋賀酒とともに、将門の娘の妖しい謀略に酔う ほろよい余話
「三月花形歌舞伎」を観に京都・南座へ。その日、最後の公演は「忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)」。突如暗転した花道に蝋燭が灯され、ゆらめく明かりに滝夜叉姫(たきやしゃひめ)の妖艶な姿が浮かび上がった。 【イラスト】燗酒の「浪乃音」を盃に注ぐと、秘蔵の熟成酒の色香が匂い立った 滝夜叉姫は滅んでしまった平将門の娘。島原の遊女に姿を変えて源氏の勇者、大宅太郎光圀を味方に引き入れようとするが見破られる。一転しての大立ち回りは、蝦蟇(がま)の妖術も登場して息つく暇もない。妖しく微笑む姫の姿は、動く錦絵そのものであった。 午前・午後と通しで観劇し、会場を出る頃には、鴨川も夕闇に染まっていた。興奮も冷めやらぬまま街へと繰り出した。 三条柳馬場を上がってほどなく、たどり着いたのは「馳走いなせや」。路地奥にある暖簾(のれん)をくぐり、入った玄関先で、賑わうカウンターが見えた。店員さんに案内され、席に落ち着く。 この日は創業16周年を迎えられて、特別な祝いの酒肴膳が振舞われていた。お刺し身に雲丹のせ豆腐、蛍烏賊(ほたるいか)の酢味噌和え。小粋な肴(さかな)に、お酒はお任せで。最初に注がれたのは、奈良・葛城山麓の爽快な「櫛羅(くじら)」の濁り酒。久々に店の大将とお会いして、近況や蔵めぐりの話に花が咲き、お酒はすすんだ。 大将の高田さんとは、私が日本酒に興味を持ち始めた頃から、ここで開かれる酒の会やイベントなどを通して、地酒の美味しさを教わり、数多くの酒蔵さんとのご縁を頂いてきた。京都の地酒もさることながら、なにより滋賀酒の力強い魅力と奥深さを教わった。 燗酒をお願いすると、出てきたのは滋賀・堅田の「浪乃音(なみのおと)」。盃(さかずき)に注げば黄金色、秘蔵の熟成酒であった。仄暗い炎のゆらぎが盃に映る。匂い立つ色香に、滝夜叉姫の艶姿が思い浮かぶ。いつまでも、冷めやらぬ余韻に浸っていた。 ◇ まつうら・すみれ ルポ&イラストレーター。昭和58年京都生まれ。京都の〝お酒の神様〟をまつる神社で巫女として奉職した経験から日本酒の魅力にはまる。著書に「日本酒ガールの関西ほろ酔い蔵さんぽ」(コトコト刊)。移住先の滋賀と京都を行き来しながら活動している。