ヤクルト逆転勝利の裏に黒田の影あり。
発奮材料は広島の“男気”黒田だった。 31日、神宮球場で行われたヤクルトー阪神の1回戦。 FAでロッテから移籍してきた成瀬が、その緊張した立ち上がりを阪神打線につかまえられ、ワンアウトも取れないまま、元同僚の西岡に3ランをお見舞いされるという大劣勢からのスタート。だが、あきらめる選手など一人もいなかった。むしろ逆だ。29日の広島戦で黒田の前に散発の5安打で7回までゼロに封じ込められ好投した杉浦を援護できなかった。「今度こそ」の思いが、各打者の胸の内にあった。 反撃の狼煙は、開幕から4番に座っている雄平である。2回、能見の失投にバットをかぶせてバックスクリーンへ1号ソロ。「先頭だったので塁に出ることを意識していました。少し高めに抜けてきたボールでしたが、上から強く叩くことができました」との談話が記者席に回ってきた。 5回の逆転のお膳立ても、また雄平だった。山田の二塁打などで2死一、三塁。カウント、ツーボールノーストライクから能見のフォークに食らいついた打球は、背走して追う西岡のグラブの先に落ちた。雄平は、つかさず二塁へ。1点差として、さらに二、三塁と残ったチャンスに畠山が今度は初球の失投をガツン。打球はセンターの後方へ抜けていく。4-3。一気に試合をひっくり返してしまったのだ。 「ストライクが来れば思い切り行こうと。広島戦でピッチャーを助けられなかった。今日はなんとかしたかった」と雄平が言えば、畠山も「雄平も言ったけれど僕も気持ちは同じで」と話を引き継いだ。 「広島では、やられてしまったから、なんとか点を取りたかった」 黒田という名前こそ出さなかったが、彼らの胸の内に火をつけたのは、間違いなく29日の広島戦で2740日ぶりの黒田の凱旋勝利の引き立て役になってしまったことへの反骨心。黒田が発奮材料だったのだ。 「切り替えていこう!」 広島戦が終わると、首脳陣の言葉を背中に聞いて、そのままチームは帰京。試合のなかった前日は、ピッチャー以外は休養日でリフレッシュの一日に当てられた。それが、いつものヤクルトスタイルだが、そういう時間で失敗を引きずらず発奮材料に替えることができるのが若いチームの特権とも言える。 魔球ツーシームを意識した1試合で、本来、繊細なバッティングが狂う可能性もあったが、その不安は、ヤクルト打線の積極性と、豊富な練習量に支えられたスイングの速さが消し去った。阪神の能見にすれば、モチベーションの高いヤクルト打線とぶつかったのは不運だったのかもしれないが、得意のフォークを使うカウントをつくりながらピッチングを組み立てられなかったのもまずかった。