『Nerhol 水平線を捲る』千葉市美術館で開催中 千葉市の花「オオガハス」を用いた新作の展示も
気鋭のアーティストデュオ「Nerhol(ネルホル)」による公立美術館で初の大規模個展『Nerhol 水平線を捲る』が9月6日(金)から千葉市美術館で開催されている。会期は11月4日(月・祝)まで。 【全ての写真】気鋭のアーティストデュオ「Nerhol(ネルホル)」 Nerholは2007年、グラフィックデザインを行うデザイナーの田中義久(1980年生まれ)と彫刻家の飯田竜太(1981年生まれ)により結成。偶然にもふたりとも静岡県出身だ。写真や映像を出力した紙を重ね、彫り刻むという手法を構築し、写真と彫刻、平面と立体の境界を超えるような表現をつくり出している。ふたりの共通点は紙を扱うこと。さまざまな場所でリサーチを行い、対話を繰り返しながら約17年にわたり制作してきた。今回は、初期作や未発表作から、千葉市の土地や歴史にまつわる新作までを巡る展覧会となっている。 初期の代表作ともいえる2012年のポートレートシリーズ《Misunderstanding Focus》では、3分間連続撮影した200枚の写真を出力し、時系列に重ねた束を、最前面から最背面へとカッターで彫りを施している。人間は完全に静止することはなく、絶えず揺らいでいるともいえ、1枚1枚異なる写真を重ねて彫ることで、ひとつの作品に共在する複数の時間が、イメージのズレとなって現れるのだ。このポートレートシリーズは、メキシコ在住の日系3世をインタビューした映像から制作するなど、その後も展開を続けている。 また、「場所性」を大切にしている彼らは、アーティスト・イン・レジデンスや展覧会を契機に、その場所固有の歴史、社会、自然環境などのリサーチを経て作品を制作している。今回の個展は、2018年に大分県別府市で滞在制作した作品群から始まる。筆者は当時、別府市で鑑賞しているが、かつて飼育され、川に放流されて交配したと思われる熱帯魚をモチーフとするなど、自然と人為の関係もテーマのひとつだ。 また、彫る素材にはアーカイブ写真や映像を使うこともある。パブリック・ドメインであるNASA有人宇宙飛行士の実験映像を素材とした《Remove》は、「VOCA展2020 現代美術の展望」のVOCA賞(大賞)受賞作。受賞記念展の会場である第一生命日比谷ファースト(旧第一生命保険本館)は、戦後はGHQに接収され、日本国憲法のGHQ案が起草されるなど歴史の転換点となった場所。Nerholは、マッカーサー記念室(連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの執務室)の内装や窓から見える風景などを撮影したもの、朝日新聞社フォトアーカイブの戦中戦後の記録写真や資料などを素材としている。 人や場所に「固有」のものを探すと、移動や融合など、変化の歴史に接することもある。「帰化植物」もそのひとつ。道端のシロツメクサも、自生地から日本国内に持ち込まれ、野生化した外来種だ。グローバリゼーションなど、人間の社会活動の影響を受けながら、人間の生とは異なる時間と空間を孕んでいる。また、紙を削った白い部分と写真部分も見比べてみてほしい。 さらに近年は、素材となる紙そのものから制作している。今回のリサーチでは、植物学者の大賀一郎が千葉市内の古い地層から発見し、発芽に成功したことから市の花として親しまれているオオガハスに着目。オオガハスを一部練り込んだ和紙を制作し、平面作品として展示している。旧川崎銀行千葉支店の記憶を残す美術館1階の「さや堂ホール」にはこの和紙が敷き詰められ、蓮らしき植物の香りが漂っている。 他に、千葉市美術館コレクションのなかからNerholが選んだ高松次郎、秋岡美帆、中西夏之、ダン・グラハム作品などとの共演も。本物の年輪かと見紛うNerholの作品《multiple-roadside tree no.03》は、伐採された街路樹を120枚に切断し、年輪が露出した断面を撮影、印刷した紙の積層に彫刻が施されている。樹木は印刷物の原料であり、複製でありながら根源的とも言える。 展覧会全体は、具体的なモチーフからそこに潜む「時間」を想像する気づきを得て、やがて具体的なモチーフが消え、ものそのものから「時間」を想像する目が養われるような流れとなっている。展覧会タイトルにある“水平線を捲る(めくる)”ように、それぞれどこから来てどこへ行くのか、立体絵巻のなかを歩くように楽しみたい。 取材・文・撮影(提供写真以外):白坂由里 <開催概要> 『Nerhol 水平線を捲る』 2024年9月6日(金)~11月4日(月・祝)、千葉市美術館にて開催