尾上菊之助が挑む立役の卒業論文 品があり美しく熱い…ドラマ現場からもリスペクト証言
歌舞伎俳優・尾上菊之助が14日都内で、国立劇場3月歌舞伎公演「通し狂言 義経千本桜」(以下、千本桜)取材会に出席した。今作で「忠信」「知盛」そして初役となる「権太」、立役(たちやく=男役者)の卒業論文といわれる3役完演に挑む。歌舞伎界の名家に生まれながら近年は民放のテレビドラマにも進出し、さらに初写真集「五代目 尾上菊之助」刊行など活躍の幅を広げる。 【写真特集】義経千本桜取材会の尾上菊之助
普遍的テーマで現代にも通じる古典の王道
「千本桜」は「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」と並び“歌舞伎の三大狂言”とされ、源平合戦後の源義経の都落ちを機に実は生き延びていた平家の武将たちと、巻き込まれた者たちの悲劇を描くもの。 「3役をやるのは夢でした」と、笑顔と同時に決意を感じさせる強い口調で心境を語った菊之助。 「知盛に関しては岳父(二代目中村吉右衛門)から教えを受けたことを思い出し、忠信に関しては父(七代目尾上菊五郎)から受け継いだものをしっかりと守り、(初役となる)権太は『木の実』から出ますので『すし屋』ももちろん“もどりの演技”が難しいところですが『木の実』のところ、愛嬌のある役というのが自分でもどれぐらいできるのか難しいところですが」と、抱負と見どころを述べた。3役を過不足なく演じるのは難しいと言われるが、菊之助の本領発揮となるか。 さらに「千本桜」自体については、「古典の王道中の王道、古い作品と思われるかもしれませんが実はとても普遍的なことを言っている作品。全体を通して人間が行ったことは必ず自分に返ってくるという業の話で、頼朝は出てこない、義経という追われる者、敗者の物語です。その中で出てくる人たちが業の話を言うというのは、今の映画などにもたくさん出てくることだと思っていて、そういう意味では古典ですが普遍的なテーマを描いている作品で、現代のお客様にもご納得いただけるのではと思っています」と説明。
ドラマ共演者も収録現場での姿勢をリスペクト
父は歌舞伎名跡「尾上菊五郎」の当代で人間国宝、母は女優の富司純子。そして姉は女優の寺島しのぶ。文字通り“役者の家”に育った菊之助の凄みを、テレビドラマの現場で間近に感じたという声もある。 菊之助は2018年放送の「下町ロケット」(TBS系)でトランスミッションメーカー・ギアゴーストの社長、伊丹大役を好演して話題を呼んだが、ギアゴーストの社員役で収録現場をともにした俳優の市原朋彦は話す。 「とても品があり美しく、礼節を重んじる素敵な方でした。当時、尾上さんが出演されていた歌舞伎公演と『下町ロケット』の撮影が同時期に行われており、ご多忙な日々を送られていたかと思うのですが、現場ではそんな事はまったく感じさせない熱いお芝居、立ち居振る舞いをされている姿を見て、尊敬しておりました」 昨年放送された「グランメゾン東京」(同局系)でのシェフ役も記憶に新しい。「下町ロケット」では阿部寛を相手に、「グランメゾン東京」では木村拓哉を相手に、歌舞伎の“もどりの演技”ではないが、善玉的な面・悪玉的な面の2つの面を行き来する演技は見事だった。 今回の千本桜で初役となる権太は、もどりの代表的な例にあげられる。悪行を尽くし、匿われていた平維盛の妻・若葉の内侍と若君六代の君を捕り手に引き渡すが、怒った父に刺されて、主家を救うため妻とわが子を身代りに立てたことを明かす。前半部で見せる悪行が際立っていればいるほど後半部のもどりの演技が観客を感動させるという。
千本桜3役完演に臨み歌舞伎俳優としてさらにステージを上げていくであろう菊之助。舞台にドラマに目が離せない存在になりつつある。 (文・志和浩司)