いまの日銀は、「中央銀行としてやってはならないこと」をやりまくっている…「日本が置かれた深刻な状況」の実態
「統合政府論」という考え
--11年に及ぶ、空前の金融緩和で日銀のバランスシートは異様なまでに拡大しています。一方で、リフレ派の経済学者やMMT論者たちは、日本には潤沢な資産があるので、まだまだ国債を買い入れる余地がある、と主張しています。彼らは、国が支払う利払い費は、国債を買い入れた日銀に支払われるので、たとえ、今後、利払い費が増えても、子会社である日銀から親会社の政府に還流されるので全く問題は生じないといいます。それどころか、市場に流通する国債を日銀がすべて買い入れてしまえば、財政再建が完了するという識者もいます。 藤巻:これは「統合政府論」という考えですね。日銀は政府の事実上の子会社であるから、日銀が、政府発行の国債を保有していることは、子会社が親会社の債務を負っているに過ぎないことになります。そこで政府と日銀を統合したバランスシート(図参照)を作ると、国の負債である国債と日銀の資産である国債が相殺されて、バランスシートから国債が消えてしまいます(実際には、日銀は国が発行した国債の約50%しか所有しておらず、残り50%の国債は相殺されません)。統合政府論者は、政府が国債の金利を支払っても子会社である日銀がその金利を受け取り、利益の一部として政府に戻すのだから問題はない。したがって日本の財政はおよそ危機的ではなく、まだまだ財政余力があり、引き続き大量の国債を発行できると主張します。 しかし、だからと言って、統合政府の債務が消えるわけではありません。上の図でいえば、青色の国債だけは相殺されるけれども、統合後は国債の替わりにオレンジ色の「日銀当座預金」という債務が残るのです。「そっちのことを気にしなくてもいいんですか」という話なんです。 藤巻家を例にして考えてみましょう。歳をとって借金する能力がなくなった私の代わりに息子が銀行から借金をして私に貸し、そのお金で私が家を建てたとしましょう。確かに藤巻家でみると、親子間の貸借は相殺でなくなるかもしれませんが、息子には借りた住宅ローンが残ります。息子は銀行に利子を払いながら住宅ローンの返済を続けていかねばなりません。 英語では財政ファイナンスのことをマネタイゼーションと言います。国債(長期負債)を通貨に変える(超短期負債化)からです。現在のような超低金利時代には問題は顕在化しませんが、ひとたび金利が上昇すると、一気に利払い費が増えて、国全体として大変危険な状態になります。「統合政府で考えれば財政は健全」という考えは、財政ファイナンスは正しいと主張するに等しいわけですから、どう考えてもトンデモ理論です。 山本:藤巻さんおっしゃる通りで、政府の子会社である中央銀行が国債を買えば、国債が相殺されて消えるので財政再建が完了するというのは、これは100%間違っています、 藤巻さんが作成された図を見ていただくとわかるように、国債という政府の債務が日銀当座預金という日銀の債務に置き換わったに過ぎません。日銀当座預金は、日銀の金融機関に対する債務、すなわち借金です。統合政府で見ても、膨大な債務が残る以上、全く財政再建が完了したわけではない。 要するに、政府の信認が低下すれば、論理的に日銀の信認も低下し、日銀が発行する通貨の円の信認も低下することになります。政府の財政状態を示す「一般政府の債務残高対GDP比率(2022年実績見込み)」は257%と、世界約190ヵ国・地域中第2位の高さにあります。日本より財政状態が悪いのは、中東紛争でイスラエルと交戦状態にあるレバノンだけで、日本の財政状態は、内戦状態にあった第3位のスーダンよりもかなり悪い。国と通貨に対する信認は先人たちの努力の積み重ねによって築き上げられてきたものですが、このような財政状態を続けていて、いつまで信認を保ち続けることができるのか不安になります。 藤巻:数字だけでみれば、債務残高対GDP比率257%は、太平洋戦争直後よりも悪いですからね。結局、そのときは、日本は悪性インフレを抑えきれず、1946年(昭和21年)に預金封鎖と新円切り替えを強行し、インフレと国民の負担によって財政赤字を帳消しにしました。いまはまだ問題が顕在化していませんが、国民の皆さんも現在の財政状態は戦時や戦争直後よりも悪いという認識をしてほしいですよね、 --日本には、換金可能な潤沢な金融資産と有形固定資産があるので、財政危機など杞憂にすぎないという意見もあります。 山本:国は741兆円もの資産を保有しているので心配はないという方がいらっしゃるのですが、そんな楽観視ができるような状態ではありません。 図(国の賃借対照表)をご覧ください。実は国の資産は、この負債サイドとの見合いになっています。例えば有価証券126兆円のほとんどが外貨証券です。これは外貨準備の運用として持っている有価証券ですが、仮に売れるとしてもその代金は右側にある政府短期証券の償還に充てられなければいけないというルールがあります。 有形固定資産も195兆円ありますが、これは橋や道路などのインフラなので、これも簡単に売れるようなものではありません、実際のところ、国の資産741兆円には、自由に売却できるようなものはなく、新しい財源になるようなものはほとんど存在しません。 一方、バランスシートの右側の負債サイドを見ると、「負債および資産・負債差額合計」の702兆円があります。日本は、資産以上に負債を抱えており、国債の発行額が保有する資産の評価額を702兆円も超えていることを意味します。言い方を変えれば、国は702兆円の債務超過の状態にあります。 ただし、債務超過になったからといって、直ちに国が破綻するというわけではありません。なぜなら、国には、国民から税金を集める徴税権が認められているからです。将来、国民に課される税金でこの差額は埋められるという仮定で成り立っている、そういうバランスシートになっているわけです。 ただし、日本は、民主主義社会ですから、国に徴税する権利があるからといって、増税はそんなに簡単ではありません。税率5%で始まった消費税を10%に引き上げることに30年間もかかったことを思えば、増税が簡単ではないことがわかります。 702兆円に及ぶ資産負債差額がさらに増えるようになれば、マーケットにおいて国への信頼が揺らぐ危険があります。すでに日本の財政は持続可能性を疑われる状態にありますから、将来を楽観視するのではなく市場が不安を持つ前に早く財政再建に着手する必要があるというふうに思っています。 藤巻:山本さんのおっしゃったことはまさにその通りで、楽観視できる状態ではありません。 基本的にGDPと税収は、大雑把に言えば比例関係が成り立ちます。GDPが2倍になれば、個人の収入も2倍になり、国の税収や歳出も2倍になるということです。 財政の健全度を表す「債務残高対GDP比率」は、税収と借金の比率を示す指標です。いうなれば、税収で借金を返す難易度ランキングです。これが世界最悪レベルにあるということは、財政を再建することが世界で最も難しいことを意味します。我が国が置かれている状況はかくも深刻であることを、国民も認識すべきだと、私は思います。 第3回記事<「黒田日銀」は国民に幸福をバラ撒きすぎた…これからやってくるとてつもない「しっぺ返し」>では、「異次元緩和には出口はあるのか」について議論する。 *本対談のきっかけとなった山本謙三『異次元緩和の罪と罰』(講談社現代新書)では、異次元緩和の成果を分析するとともに、歴史に残る野心的な経済実験の功罪を検証しています。2%の物価目標にこだわるあまり、本来、2年の期間限定だった副作用の強い金融政策を11年も続け、事実上の財政ファイナンスが行われた結果、日本の財政規律は失われ、日銀の財務はきわめて脆弱なものになりました。これから植田日銀は途方もない困難と痛みを伴う「出口」に歩みを進めることになります。異次元緩和という長きにわたる「宴」が終わったいま、私たちはどのようなツケを払うことになるのでしょうか。
山本 謙三、藤巻 健史