建築家・辰野金吾は「唐津くんちと同じくらい誇り」…「7番」の新1万円札を出身地の佐賀県唐津市に誘致
唐津赤レンガの会会長・田中勝さん(76)
7月に発行された新1万円札には、佐賀県唐津出身の建築家・辰野金吾が設計した東京駅丸の内駅舎があしらわれている。日本銀行は記番号「AA000007AA」の新1万円札を唐津市に贈り、県重要文化財「旧唐津銀行」(辰野金吾記念館)でその新札を展示している。辰野を顕彰する団体「唐津赤レンガの会」の田中勝会長(76)に、「7番」の新札を唐津に誘致した経緯などを聞いた。(喜多孝幸) 【写真】「唐津くんち」で城下町を巡行する曳山
――誘致活動の起点などを教えてほしい。 「日本銀行が発行する広報誌『にちぎん』2019年夏号で唐津市が特集され、私も取材されて辰野金吾の顕彰活動を紹介してもらった。その号の巻末に『日本銀行券の改刷』のトピックがあり、新1万円札に東京駅丸の内駅舎がデザインされるとの説明を読んで、直感で『記番号の若い新札を誘致できる』と確信した」
――ゆかりの地にそうした新札が贈呈されることは知っていたのか。 「20年前、大分県中津市の例を承知していた。福沢諭吉の肖像が1万円札にデザインされて日銀が同市に新札を贈り、地域がにぎわった。だから誘致運動をやらなきゃ、と。すぐに唐津赤レンガの会で、新1万円札をかたどったパネルやのぼりを製作してPRした。県内各地のイベントに参加するなどして、機会あるごとに辰野金吾と新1万円札のゆかりをアピールした」
――会と日銀佐賀事務所のつながりも深い。 「歴代の所長さんに夏の辰野金吾生誕祭で講演をお願いするなど、良好な関係を築いてきた。そのつながりの中で、唐津の活動を日銀本店に伝えてもらったのだと思う。誘致が実現した際、かつての事務所長さんからも『頑張ってよかったですね』と祝意のメールが届いた」
――7月3日に「7番」の新1万円札を峰達郎市長が植田和男日銀総裁から受け取った時の気持ちは。 「もちろんうれしかった。その日に、峰市長から会の活動に感謝するメッセージもいただいた。ただ、それ以上にうれしかったのは、辰野の没後100年の命日にあたる2019年3月25日に、旧唐津銀行に『辰野金吾記念館』という別名がついた時で、まさに感無量だった」