「甘いな」と思っているのに「分かるよ」と共感を示す上司の過ち
「若手社員の早期離職は、上司とのコミュニケーションの仕方に原因がある」。こう指摘するのは、早期退職防止サービスを提供するカイラボ(東京・中央)の井上洋市朗社長だ。上司と部下のコミュニケーションには大きく3つの、陥りやすい「NGパターン」があるという。対策として必要なのは「傾聴」と「共感」。部下をうまく指導できないと悩む管理職は、ぜひ参考にしてほしい。(聞き手 経済メディア編成部 久保俊介) 【関連画像】共感には「認知的共感」と「感情的共感」の2種類がある 最初に上司と部下のコミュニケーションでありがちな、3大NGパターンをご紹介しましょう。1つ目は、若かった頃の自慢話などの「昔話」をすること。2つ目がパワハラと言われるのを恐れて若手社員の「改善点を指摘しない」こと。そして、3つ目が30分程度の1on1(ワンオンワン)ミーティングなどで「その場ですべての問題を解決しようとする」ことです。 こうしたNGパターンには、真面目な管理職ほど陥ってしまいがちです。なぜ上記3つのコミュニケーションがNGなのかについては、後ほど詳しく説明していきます。その前に、NGパターンに陥るのを防ぐために押さえておいていただきたい、基本的な考え方があります。それは傾聴と共感です。最近では、この2つに関する研修も増えてきているので、ご存じの人もいるかもしれません。 まず傾聴から詳しく説明します。部下の話を傾聴するためのコツとしては「ロジャーズの三原則」があります。具体的には「共感的理解」「無条件の肯定的関心」「自己一致」の3つです。 この中にある無条件の肯定的関心とは、若手社員の意見をいきなり否定するのではなく、1回受け入れてあげようということ。管理職が若手の話を聞いたとき、「その見通しは甘いな」「社会人のスタンスとしてなってないな」などと思ったとしても、それを口に出してはいけません。まず「君はそう思っているのだね」と、いったんは受け入れなければなりません。 ここでポイントとなるのは、すべての部下の発言に対して「そうだね、分かるよ」などと言うわけではないということ。これが自己一致とつながっていきます。部下にかける言葉と自分の気持ちを一致させようとする意味です。心の中では部下の言っていることが「甘いな」と思っているのに、上司が「そうだね」と同意するのは自己一致していないことになります。 傾聴では、ただ単純に「そうだね」と聞いてあげるだけでは駄目。「私の中で理解できていないところがあるから、もうちょっと詳しく教えてもらいたいのだけど」「こういうときには、どうしたらいいと思う」などと自分が疑問に思ったことを素直に問いかけることが重要なのです。この自己一致ができていない人が意外に多い印象があります。 ●自分が部下だった頃を思い出して話をすると若手は失望する そして、ロジャーズの三原則の残りの項目である共感的理解とは、いったい何でしょうか。共感には「認知的な共感」と「感情的な共感」の2つがあるといわれています。認知的な共感とは、相手の視点に立って感じること。感情的な共感とは、相手と同じ感情を持つことです。ビジネスにおいて大事なのは前者の認知的な共感でしょう。 しかし、この認知的な共感を実践するには、大きな落とし穴があります。よく陥るのが「相手の視点を想像して聴く」のではなく「自分が部下だった頃を思い出して話を聴く」パターン。この「思い出す」というのはつまり、最初に紹介した3大NGパターンの一つである昔話のことなのです。 上司としては、部下の気持ちを理解しようと自分の若い頃を思い出して話をしているのかもしれません。しかし、それは昔の話をしているだけで、今の部下の気持ちに寄り添えていない可能性が高い。自分が部下だった頃と今では、時代が全く異なるのですから。 例えばかつては、手書きの履歴書で採用面接などに申し込むのが当たり前でした。しかし、今は反対に学生などがウェブサイトにプロフィルを登録しておくと、企業の人事部からスカウトが来る時代です。管理職は、最近の若者を取り巻く環境が、自分たちの時代とは大きく変わったことを自覚する必要があるのです。思わず昔話をしてしまうという人は、この認知的な共感の罠にはまっていないか、振り返ってみてください。