「レコード大賞歌手」から1曲1000円の「ゴールデン街の流し」へ 彼女が選んだ意外な人生
そして2022年、久しぶりに新宿ゴールデン街の馴染みの店に立ち寄ったところ、居合わせた客が「前にハードロックを歌う女性の流しがいたらしいけど、どうしているんだろう?」と口にした。「ちょっと待って、それ私のことじゃん!」と驚いたBe-Bさん。聞くと、当時のゴールデン街には流しがいなくなっていたという。 文化であり伝統であり名物でもあった存在が消え、「何とか力になりたい」と思ったBe-Bさんは、この街でもう一度流しをすることを決めたのだった。ゴールデン街は独特の雰囲気があるが、今ではすっかり馴染んでいるという。
「ゴールデン街のお店の多くは、お客さんに対して『気に入ったら遊びにおいで。気に入らなければ来なくていいよ』という感じなんです。だから私も流しとして、自分を必要としてくれればいつでも行くし、そうでなければ仕方ないよね、という考えになりました。この街はすごくやりやすいですね」 ■流しという職業への誇り 芸能界への未練はまったくない。「何で流しなんかしてるの?」「レコ大歌手なのにもったいない」と言われることもあったが、「言わせておけばいいじゃん」と笑い飛ばせるほど、流しという職業を誇りに思い、毎日を楽しんでいる。幼少期から追い続けてきたミュージシャンとしての夢は、ここにあったのだ。
「こんばんはー! こないだはありがとうございました!」 深夜1時。馴染みの店のドアをBe-Bさんが開ける。居合わせたのは流しを見たことがない酔客ばかりで、「すげー、本物だ!」と歓迎ムードだ。店主が「せっかくだから歌ってもらおうよ」と振ると、客たちは熱心に曲を選び始める。 「あ、ドリンクも歓迎だからね!」とBe-Bさんがいたずらっぽく言うと、「何でも飲んで!」とすかさず返答が。ジンをあおり、リクエストされた曲に合わせてギターをチューニング。小さな酒場はコンサート会場になり、にわかに熱を帯びる。通行人たちも足を止め、物珍しそうにのぞき込んでいる。
ゴールデン街の夜は長い。Be-Bさんの今宵のステージも、まだまだ始まったばかりだ。
肥沼 和之 :フリーライター・ジャーナリスト