「偶然が人生に影響を及ぼすことはとても多い」 新作短篇集『富士山』で平野啓一郎が示したものとは
過去の偉大な作品に感銘を受けることはもちろんありますし、それは、読み続けてもらえることを想像すると嬉しいですけど、現代人の読書の時間が増えているわけでもないし、1日24時間の中で増えるにしても限界がある中で、世界中から次々に新しい作品が発表されていますからね。その時代にふさわしいクリエーションがあるし、未来の人は、それを読むんでしょう。「何も残さずに死ぬ」ということを受け容れるのが美しいのではという思いもあります。そうすれば執着もなくなりますね。今の世の中は、レガシーだの何だのと、何かを残すことを美化しすぎていますよ。 ――平野さんの今後の作品も楽しみです。短篇集『富士山』の後は、やはり長篇小説になるのでしょうか? 今は中篇小説を準備しています。この先は自分にとって“第五期”ということになりますが、そこでどんなものを書くのか少しずつ掴めてきて。長篇の前に200~300枚くらいの中篇を書いて、その方向性を見定めたいなと思っています。分人主義という考え方をもとにして約10年やってきて、かなり手ごたえも感じています。その延長線上で考えながら、そこからさらに広がっていくテーマもありますね。『富士山』を書きながら見えてきたところもあるのですが、もう一歩かなと。 ――実際に小説を書くことで、それを確かめていく。 僕の場合は、それがいちばん着実なんですね。観念的に理論を構築した本を読むと「なるほど」と思いながらも、自分自身の実感に当てはめてみると納得できないこともある。小説の場合はもっと具体的な生活のなかで考えないといけないし、自分の感覚では、そのほうがさらに緻密な議論ができると思っています。そういう意味でも、僕には小説が向いてるんですね。 (取材・構成/森 朋之) ひらの・けいいちろう/小説家。1975年愛知県生まれ、北九州市出身。1999年、京都大学法学部在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。美術、音楽にも造詣が深く、幅広いジャンルで批評を執筆している。2023年には構想20年の『三島由紀夫論』を刊行し、小林秀夫賞を受賞した。著書に、小説『葬送』、『高瀬川』、『決壊』、『ドーン』、『空白を満たしなさい』、『透明な迷宮』、『マチネの終わりに』、『ある男』、『本心』等、エッセイに『私とは何か 「個人」から「分人」へ』、『考える葦』、『「カッコいい」とは何か』、『死刑について』等。2024年10月には、短篇集『富士山』を刊行。2021年11月にNHK京都局のスペシャルドラマになった「ストレス・リレー」をはじめ、雑誌発表時から話題となった名短篇、5篇が収録されている。
森朋之