湘南ベルマーレをJ1に昇格させた「選手再生工場」
23歳の秋野は昨シーズンの柏レイソルで出場試合数、先発回数、プレー時間ですべて自己最多を記録。ゲームキャプテンも託される試合もあったが、心の片隅には「このまま試合に出ていても、自分の伸びしろはそれほどないんじゃないか」と大きな不安を覚えていた。 違うチームでプレーする必要があると決断し、レイソルの強化部へ志願したところへ、ベルマーレから期限付き移籍のオファーが届いた。交渉には曹監督が出馬。編集してきた秋野のプレー映像を見せながら伸ばせる長所、改善できる短所を熱く語る姿に感銘を受けた。 「この人のもとでなら、自分の可能性はどんどん広がるんじゃないかと。サッカー人生を未来から逆算したときに、いまこそベルマーレでプレーすべきではと思えたんです」 利き足の左足で長短のパスを操るボランチは、強さや激しさ、縦へ攻める姿勢が欠けていると痛感していた。初体験のJ2で35試合、2943分間に出場したいまでは少しは変われたと胸を張る。 「ゴールを奪う、あるいは相手のボールを奪うところで歓声が上がると思うけど、それ以外のあまり数字には出ない、目立たない部分をすごく大事にしてきたので」 山田は期限付き移籍する前年は2試合、わずか15分間しか出場していない。取り戻しつつあるデビュー当時の輝きは、「所属するすべての選手が成長したと実感して、そのシーズンを終えてほしい」という方針を掲げる曹監督の存在を抜きには語れない。 「期限付き移籍の選手、所属している選手に関係なく僕は真剣に接してきた。もしかすると真剣に叱責することのほうが多かったかもしれないけど、そこには頑張ってほしい、成長してほしいという気持ちしかないので」 こう語る曹監督は喜怒哀楽を隠すことなく、ストレートに思いをぶつけてくる。マンネリ化を防ぐために練習には常に工夫が施され、ときには湘南海岸の砂浜でボールを追う。ミーティングではサッカー以外のテーマが取り上げられることが多く、手にする年俸の価値を再確認させるために、日経平均株価について議論したこともある。 財政的に潤沢ではないベルマーレは、補強に関しては期限付き移籍を積極的に活用してきた。たとえばFC東京でほとんど試合に絡めなかったDF丸山祐市は、期限付き移籍で加わった2014シーズンで急成長。復帰した古巣でレギュラーとなり、ハリルジャパンにも選出されている。 走力や運動量だけにとどまらず、心の部分でも成長が促される理由とは何か。岡本や秋野を含めた、ベルマーレに関わるすべての選手の思いを代弁する形で山田は言う。 「サッカーに向き合う時間が一番長かった。この先のサッカー人生を含めても、ものすごく濃いと思える時間を過ごしてきました」 厳しさと熱さ、優しさを放つ曹監督のもとで選手たちは大切な原点を思い出し、輝きを取り戻す、あるいは成長を加速させるきっかけをつかむ。サッカー界全体にも寄与するサイクルは「選手再生工場」の異名を取った、野村克也監督に率いられたヤクルトスワローズをほうふつとさせると言っていい。 (文責・藤江直人/スポーツライター)