「これは初めてのネタばらし」松本隆が“風街さんぽ”で明かした松田聖子「マイアミ午前5時」の“舞台”
「そろそろランチにしない?」 筒美京平さんの墓前でセンチメンタルな気分に浸っていたのもつかの間、電池切れとなってしまった松本さんがエネルギー補給を訴えた。 【画像】ここが「マイアミ」の三叉路だった。 「京平さんとのことを思い出していたら、なんだかお腹が空いちゃった。ペコペコ」 そんなこともあろうかと、準備万端、松本さん行きつけの葉山の蕎麦店に予約を入れている。「大丈夫です。時間もちょうどいいので、そろそろ向かいましょう」と言うと、松本さんは安堵の表情を見せた。 何を隠そう、松本さんはお腹が空くと少々機嫌が悪くなる。誰しもがそうだといえば、そうなのだが、こと、食い道楽の松本さんは、適宜「おいしいもの」を補給しないとパタッと動かなくなってしまう。食欲旺盛な75歳なのである。 鎌倉から葉山へと車を走らせた。 松本さんは2000年代のある時期、東京の自宅とは別に鎌倉にも家を借りていたことがある。雪ノ下と小町に都合4年ほど住み、2010年代初頭には江ノ島を望む片瀬海岸にも住んだ。ゆえに、湘南地区の地理にやたら詳しく、地元民のわたし(実はわたしは鎌倉育ち。近年再び実家に戻った)もよく知らないおいしいお店をよく知っている。 「だから、もちろん、湘南を舞台にした歌も結構あるんだ」と松本さん。 ああ、確かに。石川秀美の「ゆ・れ・て湘南」(82年)はタイトルからしてズバリそうだし、松田聖子の「赤いスイートピー」(82年)の冒頭、「春色の汽車に乗って海に連れて行ってよ」は、東京から熱海・沼津間を走っていたオレンジと緑のボディの湘南電車と、鎌倉・藤沢間を走る江ノ電のイメージをミックスしたものだと松本さんは以前語っていた。綾瀬はるかの「マーガレット」(2010年)もそうだ。歌詞に江ノ電が登場する。
『Tシャツに口紅』舞台の葉山の森戸海岸へ
「あと、ラッツ&スターの『Tシャツに口紅』(83年)は葉山の森戸海岸。海に向かって防波堤がまっすぐ突き出ているんだけど、それが歌の舞台になっている。ここから近いから、あとでブラッと散策してみようよ」 夜明けだね 青から赤へ 色うつろう空 お前を抱きしめて 別れるの? って 真剣に聞くなよ でも波の音が やけに静かすぎるね 色褪せたTシャツに口紅 泣かない君が 泣けない俺を 見つめる 鴎が驚いたように 埠頭から飛び立つ ――「Tシャツに口紅」(作曲:大滝詠一) 昼食後、森戸海岸へ行くと、季節外れの浜辺は閑散としていた。お目当ての防波堤には、釣り人の姿がちらほら見える。どうやら立ち入り禁止ではなさそうだ。とはいえ、足場は相当悪い。一歩間違えば海に落ちてしまいそう。しかし、怯むわたしを置いて、松本さんはひょいひょいと軽い足取りで進んでいく。 「ど、どうですか? 大丈夫ですか?」。足がすくみ、前進するのをやめたわたしは、少し離れた場所から松本さんに声をかける。松本さんは、「うん。いい眺めだよ」とのんきに答えた。 「昔は砂浜がもっと広かった気がするんだけど。向こうにある一色海岸も歌のイメージになってるんだ。大滝さんが歌った『雨のウエンズデイ』(82年)。次はそっちにも行ってみよう」 一色海岸は森戸海岸線を少し南下した所にあり、葉山の御用邸につながる海岸だ。この辺のビーチの中ではいちばん海の透明度が高く、「世界ベスト100ビーチ」にも選ばれているという。海岸を一望できる長者ヶ崎から見下ろしてみた。「こっちにもよく遊びに来たんだよね」と松本さんは目を細める。 ここでわたしはふと気づく。松本さんの歌に登場する湘南は、1980年代の楽曲に集中している。実際に松本さんが居住していた時期よりずっと前に書かれたものだ。ということは。 「そう。ぼくの湘南通いは高校生の頃から始まっている。時代でいえば60年代半ば。クラスメイトが免許を取ったから(注:昔は16歳で軽自動車の運転免許を取得することができる『軽免許制度』があった。68年に廃止)、彼の運転するスバル360にみんなで乗ってよく来てたんだ。そして、昔は砂浜も広かったし軽自動車で走ることもできたんだ。でも、スバルは丸っこいからすぐ転がっちゃうの。ゴロゴロゴロって(笑)」 そういう話を聞くと、石原裕次郎や加山雄三の映画を思い浮かべてしまう。葉山を舞台にした狂った果実の太陽族とか、砂浜でマドンナに弾き語りを聴かせる若大将とか。 「きみ、それは時代が古いよ(笑)。まあ、二人とも慶應の先輩なんだけどさ」