「キリエのうた」― 唯一無二の歌声が響く、岩井俊二の集大成
映画「キリエのうた」は、宮城県仙台市出身の岩井俊二監督にゆかりの深い地である石巻、大阪、帯広、東京を舞台に描く、姿を消したフィアンセを捜し続ける青年・夏彦(松村北斗)、傷ついた人々に寄り添う小学校教師・フミ(黒木華)、歌うことでしか〝声〞を発せない路上シンガー・キリエ(アイナ・ジ・エンド)、過去と名前を捨てて生きる謎めいた女性・イッコ(広瀬すず)の13年に及ぶ壮大な愛の物語。2023年第97回キネマ旬報ベスト・テンで新人女優賞に輝いたアイナ・ジ・エンドが唯一無二の歌声を空や大地に轟かせ、上映時間175分のうち、103分30秒もの長い間、楽曲が登場人物たちに寄り添い続ける「音楽映画」でもあり、円都(イェンタウン)の歌姫グリコに扮したCharaの存在感に圧倒される「スワロウテイル」(96)や、カリスマ的な人気を誇る女性シンガー〝リリイ・シュシュ〞こと、Salyuの歌声と共に記憶された「リリイ・シュシュのすべて」(01)の系譜であることを、〝小林武史〞の名をクレジットで確認するまでもなく、音が証明している。
そして本作は、これまで映像や音楽のみならず、小説や絵など、あらゆる表現媒体を通じて紡がれてきた〝岩井俊二の世界〞が、アイナ・ジ・エンドという新たな才能と巡り合ったことで、さらなる変容を遂げ、結実したことで生まれた集大成と言うべき作品でもある。それは、Blu-ray&DVD豪華版に収録された特典映像のなかで語られる、監督自身と、出演者のコメントから見て取れる。
監督インタビューによれば、本作のもとになっているのは、岩井作品「ラストレター」(20)に登場した小説『未咲』における、〈登場人物が8ミリフィルムで撮ったとされる映画〉のプロットなのだそう。そこに、岩井が「東日本大震災の頃に書きかけていた」という〈仙台から石巻までの42キロを走る青年〉を巡る短篇小説の内容が〝夏彦〞のエピソードとして加わり、かつて「ハルフウェイ」(09/北川悦吏子監督)で、仲里依紗が演じたメメが窓際でしゃぼん玉を吹きながら語る身の上話も、イッコこと、〝真緒里〞のエピソードとして引用されている。