プーチンを追い詰め、殺害された活動家アレクセイ・ナワリヌイが命がけで書いた告発手記
プーチン専制政治の罪と嘘を暴き、死の直前まで自由を叫び続けた男、アレクセイ・ナワリヌイ。 【画像】死刑囚が「アイマスク」をするヤバすぎる理由 2024年2月に死亡した彼が獄中で綴った貴重な「勇気と自由の書」が10月22日、全世界で同時刊行される。 政治とカネ問題、オリガルヒと呼ばれる超富裕層の富の独占、「腐った老いぼれ」に国を支配される屈辱と憤怒。2人の子の父であり、1976年生まれのナワリヌイは、ネットを駆使して事実を暴き、果敢に挑んでいく。 世界的な話題作であるばかりか、「わが国の腐敗」とも通じる、ミステリー小説よりもスリリングな渾身の実話。 まずは共訳者の斎藤栄一郎氏による『PATRIOT プーチンを追い詰めた男 最後の手記』刊行に寄せる記事をお届けする。 前編記事『全世界19ヵ国、同時発売!プーチンの悪業を暴き、暗殺された活動家アレクセイ・ナワリヌイが命がけで書いた告発手記【前編】』より続く
「なぜ政府は嘘をつくのか」幼いころの疑念
アレクセイ・ナワリヌイは、ロシアがまだソビエト連邦だった1976年、陸軍将校の父と会計士の母のもと、モスクワに生まれる。父親は、ソ連構成国だったウクライナ・ソビエト社会主義共和国(現ウクライナ)のチェルノブイリ(現チョルノービリ)からほど近い農村の出身で、国内の移動さえ厳しく制限されていた時代に、村から飛び出す唯一の手段だった軍人の道を選んだ。 両親がモスクワ周辺の軍の町を転々とするうちに生まれた都会っ子だったが、夏休みはウクライナの自然豊かな祖母の家で親戚に囲まれて過ごした。小学生のころにチェルノブイリ原発事故が発生。親戚から聞く現地の現実と、何も起こっていないと言い張る政府の公式発表との違いに戸惑い、「なぜ政府は嘘をつくのか?」という強烈な疑問を持つきっかけとなった。
「ソ連崩壊」と「政権の腐敗」を体感した青年期
西側のロックと読書と悪ふざけが好きな少年は、やがて弁護士を志して大学に進学するが、構内ではマフィアと結びついたドラッグの闇取引が蔓延。政府高官の子供の不正入学はもちろん、単位を取るために学生が教授に賄賂を送ることも日常茶飯事だった。 「この国を変える」と期待されたゴルバチョフ政権は迷走の末に倒れ、1991年、ソ連は崩壊する。社会主義から資本主義への移行期に権力を握っていた者は例外なく金の亡者となり、閣僚は所轄の産業をまるごと買い漁り、工場の幹部はあの手この手でオーナーの座を手に入れる。共産主義青年同盟のメンバーの一部も、人生を党に捧げるなどと宣言しておきながら、影響力と人脈を駆使してオリガルヒ(新興財閥)に上り詰めてしまった。 かつてナワリヌイが心酔したエリツィンは、「清廉な庶民派」を装いながら、オリガルヒを巻き込んだファミリーを築き、私利私欲の道を突っ走っていた。 やがてプーチンが権力を握る2000年代に入り、言論の自由が破壊され、権威主義国家の色が濃くなっていく。ソ連崩壊で未来は明るいと思ったのも束の間、おかしな方向に国が進み始める。ナワリヌイの中で、エリツィンへの失望によって失われていた政治への関心が、再び頭をもたげた。 そもそもプーチンは大統領選挙を経ることなくエリツィンから権力を禅譲されている。その際、エリツィン在任中の問題についていかなる法的責任も問われないように取り計らう約束が交わされ、ロシアはプーチンのものとなったのだ。