「rurumu:(ルルムウ)」デザイナーの東佳苗が“衣装”から読み解く『哀れなるものたち』。ガーリーな雰囲気のなかで描かれる、痛烈な社会風刺
第96回アカデミー賞でエマ・ストーンの主演女優賞、衣装デザイン賞、美術賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞で4冠を達成した『哀れなるものたち』(公開中)。独創的な物語、色彩感溢れる壮麗かつマジカルな美術、ユーモラスな音楽など、ヨルゴス・ランティモス監督のもとに集結した鬼才たちはそれぞれの才能を充分に発揮した。なかでも、ひときわ目を引くのがオリジナリティ溢れるエキセントリックな衣装だ。本作での衣装は、未発達の自由奔放な少女から知的な成熟した女性まで、主人公ベラが成長していく過程を表現する。“ファッションが物語っている”といっても過言ではないほど、メッセージ性の強い衣装は映画のキーである。 【写真を見る】アカデミー賞4冠『哀れなるものたち』をどう見た?「rurumu:(ルルムウ)」デザイナーの東佳苗にインタビュー そんな本作に感動したという「rurumu:(ルルムウ)」デザイナーの東佳苗。ファッションデザイナーとしてだけでなく、映像作品や空間演出、インスタレーションなど、様々な表現活動を続けている。本作『哀れなるものたち』も総合芸術作品として、惹きつけられるものがあったという東に「衣裳」を中心に本作の魅力を紐解いてもらった。 ■「冒頭の刺繍が入ったキルティングのカットが可愛すぎて、この映画は絶対に傑作だと確信しました」 天才外科医ゴッドウィン・バクスターによって蘇った若き女性ベラ(エマ・ストーン)。新生児の脳を移植された彼女は、生まれたての女性として蘇生し、日に日に成長していく。次第に「世界を自分の目で見てみたい」という欲望にかられた彼女は、弁護士ダンカン・ウェダバーン(マーク・ラファロ)の誘惑で大陸横断の冒険に出る。時代の偏見から解き放たれ、平等と解放を知ったベラは驚くべき成長を遂げていく。 「ポスタービジュアルのシュールレアリスムな雰囲気からも伝わってくるように、衣裳や美術からも興味の入り口が無数にある映画だと思いました。実際に、本編の視覚的な完成度の高さには感嘆しましたし、冒頭の風景が刺繍されたキルティングのような壁紙のカットが可愛すぎて、この映画は絶対に傑作だ、と一瞬で確信しました。『ミッドサマー』の壁画の時のような、様々な芸術家の作品が散りばめられていて美術的なフックアップもあり、すべてのディテールに思想を入れてきていましたよね。映画全体が纏う、高貴でおとぎ話的な雰囲気でまず警戒心を解いてから本質に迫っていく流れが本当に好きです。衣装、美術、動力など、史実と絶妙に異なるように、SF的でスチームパンクにチューニングした違和感こそが覚醒を促していると感じました。」 ガーリーな雰囲気をまとうが、スクリーンに映し出される物語の展開やメッセージ性の強さに驚きを抱える人も少なくないだろう。この映画体験を“一部の女性たち”に留めておくのはもったいないと東は話す。「物語自体は痛烈な風刺や社会への問題提起が込められているので、本質的なメッセージの強さに価値観が揺らいだり、思考が追いつかない人もいるかもしれない。ですが、それこそがこの映画の教典たる存在理由でもあるし、私にとって痛快ですばらしい映画体験でした。『バービー』の流れからもフェミニズムの変革期にいることを感じていて、『バービー』も『哀れなるものたち』もそうですが、男性にこそ観てもらいたいという気持ちを作品から強く感じました。女性への恐れや支配欲などの根源的な弱さを滑稽に描いていて、彼らは葛藤しながらも自分自身の幼稚さや矛盾と向き合い、徐々に愚かさを自覚する者としない者とに分かれる。登場人物に自分を重ねて見れば見るほどに観客が我に返るような装置が散りばめられていて、今後の歴史を変革し得る映画だと思いました」。 自分と向き合い、葛藤しながら成長していくのは主人公ベラも同じだ。少女なのかモンスターなのか、本能のままに生きる彼女が生まれ変わっていく様は物語の芯であり、力強さの根源である。「なによりもまず、ベラという存在がとても魅力的でした。自死を選んでしまった壮絶な人生から強制的に生還させられ、大人の女性の姿のまま言葉を知らない赤子からやり直しをさせられる。ほとんどの人間は生まれて数10年は親の加護の中で時間をかけて善悪や常識非常識を学んで行きますが、彼女は再び生を受けた早い段階で旅に出ます。無知で無垢なまま自由を手にしたことで起こる波乱や失望にも挫折することなく、自分の権利を自覚し魂のままで進んでいく。すべてをエネルギーに変えてしまう怯えない冒険心がカッコよすぎる。ベラの後ろを振り返らない潔さは、"生まれて間もない"我武者羅で本能的な成長意欲からくるものだからこそ、大人になった私たちにこんなにも眩しく映るのだろうと思わされました」と語る東。 「父代わりのバクスター博士の選択にも、自由と危険は隣合わせだと彼は知っているけれど、覚悟を持ってベラを送り出したこともすてきでした。そうやって彼女は失敗を経験しながらも、自分で成長を掴み取れるタイミングがあったから、あれだけ急激に成長したんだと思います」と賞賛を送った。 冒頭でも伝えた通り、本作で重要な役割を果たしているのが衣裳だ。子どもの脳を移植されたベラが旅に出て、徐々に成長していく過程で、着る服も社会的、性的な目覚めを反映していく。手がけたのは『レディ・マクベス』(16)などで知られるホリー・ワディントンだ。ワディントンは「社会規範に縛られない新しい存在が世界を体験する」という物語のコンセプトを気に入り、そこから衣裳デザインを構築していった。ワディントンはベラが経験したことや成長する過程からインスピレーションを得て、色や素材などを細かく決めていったという。 「最初のころのベラの豪華な衣装はお金持ちの女の子が与えられた服を受動的に着ている風に見えましたが、次第に自分自身にしっくり来る服を選んで着ているなと感じました」と東。膨大な衣裳が用いられた贅沢な本作、なかでもお気に入りの衣裳をいくつかピックアップしてもらった。「一番グッときたのは、黒いスーツのようなジャケットです。本来ならばセットアップで下にスカートを履くところをジャケットのみにすることでワンピース風になり、急に現代的なルックに見えて、一番彼女に似合っていたと思いました。 あとは、旅の道中でリスボンの街中を散策する時に着ていたもの。特徴的なパフスリーブと、本来ならドレスの下に履くペチコート(下着)をショートパンツのように履いて外に出てしまう感じも、あの時代では「はしたない」とされるファッションだけれど、いまならトレンド的なバランス。歴史背景に即した古典的な衣装から少しだけ非常識にチューニングすることで、いまの若者が惹きつけられるスタイルになっていましたよね。ひとつひとつがベラの成長や経験したことに基づいて、意志を持ってスタイリングされているなと感じました」。 ファッションやヘアメイクは、ファーストインプレッションに大きな影響をあたえ、その人自身を表す。「ほかの人とはすこし違う」というニュアンスをわかりやすく伝えられる手段であったり、同じような服だけ着ることで自分自身を抑圧したり、服はアイデンティティそのものだ。なかでも娼館のマダム・スワイニー(キャスリン・ハンター)のメイクアップが印象的だったと語る。「ベラがはじめてスワイニーに会った時は、髪をターバンで巻き、長袖で肌の露出を隠していました。しかし、実は彼女は全身タトゥーに覆われていて、あるシーンでタトゥーが顕になります。洋服やヘアスタイルが非言語で自分自身を表現する第一ステージだとしたら、肌は第二ステージ。魂に近い、自分自身の主義主張を表すものだと思うので、彼女のタトゥーには釘付けになりました」。 奇抜なファッションから、成熟していくにつれてベラのファッションはシンプルになっていく。「最初の古典的でフリルの鎧のような過剰なドレススタイルだったものが、『言葉』という武器を使って伝えられるようになるにつれて、スタイルも現代的になっていったのかなと思いました。次第に『私は誰にも侵されることはない』とわかってきたから、ファッションの見せ方もシンプルに変わっていって。服を自分のものにして主義を表す手段にしていく感じが、衣裳にも台詞にもわかりやすく表れていると思いました」。 ■「“未成熟で野生的な衝動のままに人間真理を訴えかけてくる作品”が好き」 高校生のころから、たくさんの映画を観てインスピレーションを受けてきたという東。映画の衣裳や美術の仕事のほかにも、自身で短編映画の監督、脚本に挑戦するなど「映画」という世界に深く惹かれていることが、その表現活動から感じられる。どのような作品が、自身の活動や美意識の根底にあるのか。東の生涯ベスト映画をうかがった。 「『小さな悪の華』や『ひなぎく』や『ヴァージン・スーサイズ』など、無自覚で無防備に性や死を振りかざす恐るべき少女たちを映した作品に惹かれてきましたが、理由ははっきりわかっていませんでした。ですが『哀れなるものたち』を観て、私は“未成熟で野生的な衝動のままに人間真理を訴えかけてくる作品”が好きなんだなと思いました。魂のまま進む、という話をしましたけど、まさにそうで。他者がコントロールできる次元にいないような、危なっかしくて恐ろしい人。そういう人だからこそ、すべてを見透かしたように本質を突いてくる感じがあるじゃないですか。言ってしまえば、一番未熟なはずなのに一種の神視点のような強さがある。少女=老婆と言われるように、年齢を超越したような存在になっていくと、常識も地位も名誉もすべて取っ払われて、動物的な感性で生きている人が多い気がします。まさにベラは、破天荒に突き進んでいき、周りに惑わされることなく自分の意志であらゆる選択をしますよね。ベラというヒロイン像も本作も、生涯のベスト映画に入りました。 可愛らしいビジュアルの作品が内包する本質は社会派なことも多いですよね。『ひなぎく』は特に、歴史背景を知らないとわからないような政治批判のメタファーが隠されていて、ガーリーにコラージュされた宣戦布告、のような力強い映像作品です。間口は広くとっつきやすくパッケージされた中に価値観のゲームチェンジを促すような革新さがある作品が好きなんだと思います」。 『哀れなるものたち』は東にどのようなインスピレーションを与えたのだろうか。複雑に絡み合うテーマやモチーフを思い出しながら、じっくり答えてくれた。「たとえばセックスシーンもよく出てきますが、これはメタファーであって、まるでスポーツのようにカラッと描かれているなと思いました。大人として自活していくにあたり“欲”は大事だし、女性が能動的に性の主導権を握ることは恥ずべきことではないと、ベラに教えられているようでした。おそらく私は逆サイドにいた人間で、大人になったいまでも、少女と老婆の間にある"女性性"の部分がなぜか自分とは遠い気がしていました。ですが、いい意味で固定観念が崩れて、等身大の自分自身を受け入れる気づきのきっかけをもらえたことがすごく大きかったです。成熟を自覚して恐れずに魂のステージを変えていける人こそが、本当の自分の物語の次のページを捲り、治外法権の理想郷を形成していけるのだと気付かされました」。 取材・文/羽佐田瑶子