欧米人に多いはずだった「大腸がん」、じつは「日本人」のほうがかかりやすい病気だった
日本人には、日本人のための病気予防法がある! 同じ人間でも外見や言語が違うように、人種によって「体質」も異なります。そして、体質が違えば、病気のなりやすさや発症のしかたも変わることがわかってきています。欧米人と同じ健康法を取り入れても意味がなく、むしろ逆効果ということさえあるのです。見落とされがちだった「体の人種差」の視点から、日本人が病気にならないための方法を徹底解説! 【写真】じつはいま「日本人」のあいだで発生率が急上昇している「がんの種類」 *本記事は『欧米人とはこんなに違った 日本人の「体質」 科学的事実が教える正しいがん・生活習慣病予防』(講談社ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。
日本人は大腸がんになりやすい?
大腸がんは昔から欧米で多いがんです。それが日本でも増えており、1950年から2000年までの50年間に、男性の死亡率は、驚くなかれ10・9倍、女性も8・4倍上がりました。 図8-1は、2010年に発表された国際統計にもとづくグラフです。日本とシンガポールの発症率がうなぎ上りに上がっていますね。大腸がんには、大腸の大部分を占める結腸から発生する結腸がんと、肛門に近いところから発生する直腸がんがあり、このグラフは結腸がんに関するものです。 日本で大腸がんが増えた原因として、必ずあがるのが食の欧米化です。では、米国に移住した日系移民はどうでしょうか? それを示したのが図8-2で、米国人、日本で暮らす日本人、日系一世、日系二世に分けて、年齢を追って大腸がんによる死亡率を比較しました。1985年に掲載されたデータなので、まだ日本人の死亡率が米国人よりかなり低くなっていますが、確かに、日系一世、日系二世となるにつれて、大腸がんによる死亡率が米国人に近づいているのがわかります。 しかし、話はこれで終わりません。大腸がんの発症率について言うと、世代を重ねるにつれて日系移民の発症率が上がり、わずかながら米国人を上回ることが知られています。 同じものを食べていても、日本人は欧米人より少しだけ大腸がんになりやすいのです。 これについて、「仕方ないよ。日本人は腸が長くて便秘になりやすいから、がんもできるみたいよ」という、なかなか説得力のある説明を聞いたことはありませんか? 羊や牛、馬などの草食動物は、草を消化するために、肉食動物とくらべて長い腸を持っている。炭水化物をしっかり食べてきた日本人は草食動物みたいなものだから、肉食中心の欧米人とくらべて腸が長いはずだ、という理屈です。 草食動物の消化管が長いのは事実です。たとえば、胃と小腸、大腸を合わせた長さが、ライオンは体全体の長さの4倍、トラは5倍なのに対し、牛は22~29倍、羊は27倍もあります。この長い腸の中には、植物に含まれる食物繊維を分解する特殊な細菌が無数に住んでおり、そのおかげで、草食動物は植物から必要な栄養を手に入れることができるのです。 ただし、日本人がいくら植物性の食品を多く食べてきたといっても、この細菌は人間の腸にはいないので、食物繊維を分解することはできません。その日本人の大腸の長さは、盲腸を含めた結腸が約120cm、直腸が約20cmです。日本人と欧米人の腸の長さをくらべた研究はいくつかありますが、調査方法の問題もあってはっきり結論が出ないままでした。それが最新式のCT検査技術を用いて、50歳以上の日本人と米国人、それぞれ650人の大腸の長さを調べたデータが2013年に公表され、日本人も米国人も大腸の長さはほぼ同じであることが明らかになりました。 そして便秘と大腸がんの関係についても、厚生労働省が、「便通が2~3日に1回と便秘がちでも、大腸がんになる危険度はとくに高まらない」と発表したことは第2章で説明したとおりです。「日本人草食動物説」は面白い理論ですが、いわゆる都市伝説のようです。 ではここで、先ほどの図8-1の上の図を見ながら、大腸のなかでもがんが発生しやすい場所を確認しておきましょう。大腸は体の奥から順に結腸と直腸に分かれ、結腸の始まりの部分を盲腸、結腸の終わりで直腸につながる部分をS状結腸と呼んでいます。盲腸は虫垂のつけ根の部分です。件数で見ると、多いのはS状結腸と直腸のがんですが、粘膜1あたりのがんの発生率でくらべると、一番できやすいのは盲腸と直腸です。大腸全体の入り口と出口にあたる部分で、盲腸は胃と小腸を通過した食物が流れ込む場所、直腸と、近年がんが増えているS状結腸は便が最後にとどまる場所です。 これらの部位に大腸がんが発生しやすいのは、食べ物に含まれる物質か、それに関連する何かが、がんの発生に関係していることを示しています。多少の便秘で発症率が上がることはないけれども、逆に言うと便秘でなくても発症する可能性があるということです。 さらに連載記事<「胃がん」や「大腸がん」を追い抜き、いま「日本人」のあいだで発生率が急上昇している「がんの種類」>では、日本人とがんの関係について、詳しく解説しています。
奥田 昌子(医学博士)