バレンシアガのパスポート風フォンホルダー【栗山愛以、モードの告白】
身にまとうものには、その人の思いや考え、ときに主義や信条や、生きる時代の空気までも映し出されるもの。自他ともに認める稀代のモード愛好者、ファッションライター・栗山愛以が、自らの装いや物欲の奥にあるものを、ゆるゆると紐解き覗き込む 【画像】栗山愛以、モードの告白
パリ・ファッション・ウィークの季節になりました。出発ギリギリまで仕事が終わらず、焦ってパッキングをするのが恒例行事。ある時などは間際でパスポートがないことに気づき、顔面蒼白で部屋中を探したところ、前回帰国した時に着ていたコートのポケットに入ったままになっていて膝から崩れ落ちたことがありました。以降は忘れ物トラッカーと一緒に保管するようにしています。たびたびパスポートを忘れて飛行機に乗れなかったとか、盗まれて再発行が大変だったとかいう体験談を聞きますが、海外に行く時は、何はなくともパスポートなのです。 ところで、私はそんなパスポートと見紛うデザインのフォンホルダーを持っています。出会いは、昨年10月に観た2024年春夏のバレンシアガのショー。背中を丸めてランウェイをとぼとぼと歩いていたモデルたちが手にしていました。プレスリリースには「ファッションとは何かを最もパーソナルな形で表現した」とあり、皆大荷物を持って列をなしていたことから、内戦によりジョージアから逃れたアーティスティック・ディレクターのデムナの辛い過去を彷彿とさせたりしたのですが、パスポートに航空券を2枚挟んだデザインは、遠目から見ると本物そっくり。まさかレザーのフォンホルダーだとは思いもよりませんでした。
カンバセーションピースに目がない私はスタイリングのはずしになると今年の3月にパリで意気揚々と購入。美術館の入り口でX線の手荷物検査を受けたら、係員がトレーに載せたフォンホルダーを指して「ほら、パスポートを忘れないように」と真顔で言われ、本物だと思われているんだな、と改めて実感しました。パスポートを手にして道を歩く人はいませんが、装着時は万が一スリに勘違いされて狙われないよう、より一層の注意を払っていました。 帰国後治安が格段に良い日本ではのびのびと身につけ、皆の「本物みたい!面白い!触らせて!」という反応を楽しんでいました。愛用していたのでよっぽど印象に残っていたのか、ある日よくご一緒するスタイリストさんから「栗山さんとお揃いのフォンホルダーを持っていたけど全然違う印象の人がいた!」というメッセージと共に写真が送られてきました。電車を待っているどうやら海外からの旅行者が、Tシャツにジーンズというカジュアルな格好に斜め掛けしている。先ほど私は「スタイリングのはずし」になると書きましたが、馴染み過ぎて、一層本物のように見えました。