ジミ・ヘンドリックス、「エレクトリック・レディ・スタジオ」建築秘話と人生最後の夢
ここ数年ライブ音源のリイシューが続いていたジミ・ヘンドリックスだが、ここに来て1970年の未発表スタジオ録音を満載した3CD+Blu-rayの豪華ボックスセット『Electric Lady Studios: A Jimi Hendrix Vision』が登場。タイトルが示す通り、本作はジミの意向を反映して作られたニューヨークのエレクトリック・レディ・スタジオでのセッションを網羅したもの。2022年に一度発売が告知されるもリリースが延期されていたファン垂涎のお宝が、ようやく日の目を見た。本作について知るために、まずは歴史的な背景をざっとおさらいしておこう。 【画像を見る】史上最高のギタリスト250選 * 売りに出ていたグリニッジ・ヴィレッジのナイトクラブ、“ザ・ジェネレーション”をジミが購入したのは、1968年のこと。自身が運営に関わるヒップなクラブを所有し、その裏には小さな録音スタジオも作りたい、という構想でプロジェクトを進めた。人気クラブだった“ザ・シーン”のオーナー、ジム・マロンを経営者として雇い入れ、前衛的クラブとして評判だった“セレブラム”の設計者、ジョン・ストリークに依頼して工事の準備を開始。しかしその話を聞きつけたエンジニアのエディ・クレイマーが関与してから、状況が一変する。エディは空間を活かした理想のスタジオ作りをジミに提案、施設全体をスタジオにすることになったのだ。 設計からやり直すことになったこのスタジオは、簡単には完成しなかった。床下に地下河川が通っていることが判明、浸水して工事が中断したり、届いた最新のミキシングコンソールが未完成の状態だったりと、想定外のアクシデントが続出する。50~60万ドルで収まるはずの予算を大幅に超過、ジミのライブのギャラを注ぎ込み続けても借金の支払いが間に合わず、最後はリプリーズ・レコードに印税の前払いを頼み込む事態に。実に100万ドルもの予算を投じたこのスタジオでレコーディングが可能な状態になったのは、ジミが亡くなる約3カ月前の1970年6月だった。 今回のボックスセットに収録されているBlu-rayで89分の長編ドキュメンタリー『A JIMI HENDRIX VISION』を観てから、CD3枚を聴き進むと状況が把握しやすい。同作を監督したのはジミのリイシューに尽力してきたジョン・マクダーモット。マニアが知りたいツボをきっちり押さえながら、このスタジオが出来上がるまでの流れをわかりやすくまとめている。 ドキュメンタリーの観どころとして挙げたいのが、名曲群の制作過程。「Freedom」ではジミが弾くピアノやゲットー・ファイターズとのコーラスをクローズアップする場面が興味深い。コントロールルームにギターを持ち込んでオーバーダブを繰り返したというエピソードも披露されるが、そんなレコーディングが可能になったのもここがジミのホームスタジオだからこそ。大企業だけがスタジオを持てた時代から個人がスタジオを所有する時代へ……という大きな変化についてコメントするのは、「Ezy Rider」にゲスト参加したスティーヴ・ウィンウッドだ。 ベストテイクを引き出すためにお互い妥協をしなかったというジミとエディ・クレイマーの関係についても触れられるが、スタジオでのエディは支配的ではなかったようで、名曲「Dolly Dagger」でジミ自身にミキシングをさせた際のエピソードも披露される。より良い結果が得られるならミュージシャンにもミキサーのフェーダーを触らせるのがエディのやり方で、“録音技師と演者”の間にあった壁を取り払ってしまう自由さはいかにも彼らしい。 また、なかなか光が当たらないサブエンジニアなど、裏方にもスポットを当てているのがこのドキュメンタリーの面白いところ。エディの片腕として働いたエンジニアのデイヴ・パーマーがアンボイ・デュークス(テッド・ニュージェントが在籍)の元ドラマー、キム・キングがローター&ザ・ハンド・ピープルの元ギタリストだったことを、本作で初めて知る人は少なくないだろう。そんな風に耳がいいミュージシャンを見逃さず、エンジニアとしてスカウトしたエディ自身も、大学でピアノを学んだ経験の持ち主。レコーディングに関わるスタッフがミュージシャンばかりで話が通じやすいから、ジミもスムーズに作業を進めることができたわけだ。