自動車評論家の森口将之が販売終了のトゥインゴと累計生産台数1億台のスーパーカブを買った理由 小さなルノーと小さなホンダ、この2つの乗り物に共通するものとは?
移動が楽しくなくちゃ、人生楽しくない!
還暦という人生の節目に、手に入れたホンダ・スーパーカブと、シトロエンGSを手放したかわりにやって来たルノー・トゥインゴ。どちらも単なるシティ・コミューターではなく、実はあやつる楽しさに満ちていると2台を手に入れたばかりのモータージャーナリスト、森口将之さんはいう。その理由をご本人にとくと語ってもらう。 【写真20枚】モータージャーナリストの森口さんが買ったトゥインゴの色はジョンマンゴー、スーパーカブはマットグレー どちらの色もウルトラお洒落です! ◆単なる移動でもできるだけ楽しみたい 今年のHOT100特集のプロフィール欄に、昨年ホンダ・スーパーカブとルノー・トゥインゴを買って、やっぱり自分は日々の移動をデザインや走りで歓びに変えてくれる乗り物が好きだと書いた。 僕は単なる移動でもできるだけ楽しみたいので、アシグルマという考えは理解できないし、スポーツカーに乗るならもっとピュアに操る歓びを得られるモーターサイクルのほうがいいと思っている。 なので今はクルマとバイクを大小2台ずつ所有している。大は20年乗っているルノー・アヴァンタイムと空冷最終のトライアンフ・ボンネビル、小が最初に紹介した2台だ。 実はどちらも、僕が還暦を迎えたことが関係している。スーパーカブは1958年生まれで、僕より4年早く還暦を迎え、その前年には累計生産台数1億台を記録した。この記録を知って、手元に置きたいと思うようになり、還暦までに手に入れようと目標を定めた。 でもひねくれ者なので、カブの形と走りは欲しいけれど、カブっぽい見た目は避けたかった。そこで目をつけたのが、現在日本で販売している50・110・C125のうち、60周年の年に発売したレトロでプレミアムなC125に用意された、マットグレーだった。 当初は海外限定だったこの色、通常は白いレッグシールドもマットグレーで統一されていて、ヨーロッパのモペッドっぽかったのが気に入った。実際ヨーロッパでは、この色だけが売られていた。 並行輸入車を手に入れようかと考えたこともあったが、60歳を迎えた4カ月後に日本での販売が決定した。 「オマエのために用意してやったぞ」と本田宗一郎さんに言われたような気がして、すぐに注文。3月に納車した。 2カ月後、本誌にも登場したシトロエンGSを、元オーナーの意向もあって手放すことに。東京23区住まいで公共交通が使えるし、カブも加わったので、しばらくアヴァンタイムだけにしようとしたが、気になる2台のどちらかが生産終了になったら、手に入れたいと思っていた。 その2台とはトゥインゴと、フィアット500のツインエア。片やRR、片や2気筒で、いずれも今のコンパクトカーでは明確な個性の持ち主だったからだ。 どちらも輸入車では希少な5ナンバーなのは、妻の意向もあった。還暦を過ぎた僕の身に何かあった時、苦労せず運転できるクルマがいいと言われたのだ。妻は独身時代にミニ、フィアット、プジョーを乗り継いできており、日本車が眼中になかったのはラッキーだった。僕とは逆にスポーツカー好きで、アバルトがイチオシだったが、こちらの好みを優先させてもらった。 とはいえしばらくは買わないだろうと思っていたが、すぐにトゥインゴの日本仕様の生産終了が発表されたので、購入に向けて動いた。妻の意向を反映した2ペダル・ドライブでマンゴー色のトゥインゴが、手元に来たのは7月のことだ。 僕は初代トゥインゴも5年あまり乗っていたことがある。一度きりの人生、なるべくいろいろな体験をしたいので、同じ名前のクルマを二度乗ることは抵抗があったけれど、パッケージングもパワートレインもまるで違うので、別物だと自分なりに結論づけた。 ◆新鮮なメカニズムたち 現行トゥインゴは日本上陸前にパリ周辺で乗って以降、何度か触れていた。でも自分の手元に置くと、違う思いを抱くようになった。 走り慣れた道をドライブするだけでも、RRは全然違う。買い物さえも楽しみにしてくれる。箱根の山では、力に限りがあるので振り回したりはできないが、ターンインの切れ味から立ち上がりのトラクションまで、曲がりのすべてが新鮮だ。 たまに運転する妻も、これまで乗った前輪駆動車との違いは感じている。でもネガティブな面もあって、冬は足元が寒い、夏は後席が熱い、ステアリングの復元力が弱いなどの感想が出てきた。ビニールテープを巻いたセンター・マークは、ラリーに出るためではなく、直進位置をわかりやすくするためのものだ。 僕は前輪駆動のコンパクトカーも数多く乗ってきた。だからこそ、同じ日々をRRで過ごすと、こんなにも違う気持ちになれるのかと驚いているし、生産中止の一報を聞いてすぐに決断したのは間違いじゃなかったと、今も思っている。 一方のスーパーカブも、学生時代にアルバイトで乗っていたりしたけれど、やはり自分の手元に置いて使い込んでいくと、そのときはなかった感情が湧き上がってくる。 なんといってもパワートレイン、より具体的に言えば、トランスミッションが面白い。 スーパーカブは多くのスクーターが用いるCVTではなく、自動遠心クラッチと4段MTを組み合わせた独特の機構を使う。スロットルを戻すとクラッチが切れて、その瞬間に左足でギアを上げ下げするのだが、シフトペダルを踏み込んだ状態でもクラッチが切れるので、その間に中吹かしを入れると、スムーズにシフトダウンできるという奥深さも持つ。 このアクション、やはり遠心クラッチを活用した、シトロエンDSの油圧トランスミッションに近い。クラッチ操作のいらない安楽さと、変速の楽しさを高度に両立した、素晴らしいメカだと思う。 少数派になりつつある空冷単気筒エンジンの鼓動も心地よい。水平のシリンダーがレッグシールドで覆われているので、不快なノイズが届かず、まろやかな響きだけが伝わってくる。ほど良く消音されたマフラーからの音色を含めて、日本らしい奥ゆかしさが感じられる。 そしてもうひとつ、カブでの走りに味わいを添える要素がある。 ご存知の方もいるかもしれないが、ホンダは自転車用補助エンジンに代わる大衆向けの乗り物を開発するにあたり、宗一郎さんと藤澤武夫さんがヨーロッパ視察を行った。女房役から厳しい条件を突きつけられ、宗一郎さんが悩みながら生み出したのがスーパーカブだ。 スーパーカブに乗っているとたまに、このエピソードが頭に浮かんできて、それが僕の気持ちをドライブさせる源泉になっている。 文=森口将之 写真=神村 聖 (ENGINE2024年12月号)
ENGINE編集部
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