「とくダネ!」は小倉智昭の起用を渋っていた…関係者が次々に語る「愛されエピソード」
多くのテレビスタッフから愛されたアナウンサー
12月9日、フリーアナウンサーの小倉智昭さん(77歳)が膀胱がんのため亡くなった。この報道を受け、昔の思い出を語るテレビスタッフたちがたくさんいた。 【写真】テレビマンが「本当は使いたくない大御所タレント」の実名を暴露 中でも99年から21年まで司会を務めた朝の情報番組「情報プレゼンター とくダネ!」(フジテレビ系)に関わった人々が多く、スタッフ100人以上も温泉旅行に連れていった伝説も口々に聞かれた。 「この業界に30年以上いますけど、あんな“お返し”をした方は見たことがないんです」 こう話すのは、「とくダネ!」の立ち上げ当時、ディレクターとして番組に携わった女性だ。 「いろいろな番組で、司会者がスタッフを食事に連れて行ってくれたり、プレゼントをしてくれたりすることはあるんですが、末端のADまで100人以上も温泉旅行に自費で連れて行ったなんて人は、小倉さんぐらいでしょう。スタッフにも慕われていた方でした」 しかし、彼女曰く「とくダネ!」の司会に起用された番組開始時には、業界人の間で難色を示す声もあったのだという。 「それまで同じフジテレビで『どうーなってるの?!』をやられていたんですが、正直、そのときはまだ現場のスタッフ間でちょっと気難しい職人気質みたいな印象だったんです。仕事に厳しいので、怖がるスタッフもいました。それに、朝の新番組をやるなら、もっとフレッシュなキャラクターの人にした方がいいっていう声もあったんです」
「とくダネ!」当初は反対の声もあった
スタッフたちが小倉さんの起用にネガティブだったのは、もうひとつ理由があったという。 「前身番組の『ナイスデイ』で、司会をやっていた笠井信輔さんがちょうど1年やっていて、これから笠井さんの時代だねって空気があったからです。笠井さんが『とくダネ!』でサブ司会だって聞いたときは、複雑な胸中だろうなあってスタッフ間でも同情の声がありました」 しかし、小倉さんを熱心に推したのが、プロデューサーの西渕憲司氏だったという。 「西渕さんは天才肌なタイプなんですが、親しいスタッフたちにも小倉さんでやりたいという熱意を伝えていました。それが見事に当たったんです。それまでのワイドショーは、大きなトピックがあると1時間使ってやっていましたが、『とくダネ!』では、細切れにして、たくさんのニュースを矢継ぎ早に見せるスタイルを生んだんです。 出演者もスタッフも大変だったんすが、。これが大ヒットして高視聴率が出て、他の情報番組もみんなマネするようになりました。それを作ったのが、まさに西渕・小倉の名コンビだったので、スタッフもみんなこの2人に付いていくって雰囲気で団結したんです」 小倉さんは番組を引き受ける条件に「自由に話せること」というのがあり、ときに物議を醸す発言もあって「嫌いな司会者」に挙げられることもあったが、スタッフの間では「小倉さんが好きにやってくれる方がいい」という意見の方が強かったという。 「司会者が意見を自由に言い、多くのニュースを詰め込むという新しいスタイルでいくっていうのがありましたから。番組の立ち上げには苦労がいろいろあった中、職人肌の小倉さんだからうまくいったというのものあって、尊敬の気持ちも強くなりました。仕事上は相変わらず厳しかったですが、打ち合わせとか反省会ではスタッフに優しくて、気配りもありましたよ。笠井アナとうまくやれたのも、小倉さんの気遣いがあったからだと感じましたし、番組が一体となったので笠井さんも良い面が凄く出ましたね」 そんな中で小倉さんがスタッフを温泉旅行や豪華な食事会に招待したりしたことで、スタッフの間でも「小倉さんの番組をずっとやりたい」という声が増えていたという。 経営していた東京・中野区の焼き肉店も、スタッフが良く招待された場所だが、実は十数年前に一度だけ、筆者も深夜に招かれたことがあった。 そこには数名の著名な政治ジャーナリストが数名、参加。小倉さんは多忙にもかかわらず、記者たちに「勉強させてほしい」と、番組司会に役立たせるための意見交換をしていた。番組の裏ではそういう下地もあったのかと感心したものだ。 20歳以上も若い筆者には、「たくさん海外に行かれていると聞いたから」と日本国外についての質問をたくさんされていた。 「僕も時間があればもっと海外に行きたいんだよ。僕の代わりに行ってきて」 そう言って笑った小倉さん。筆者はずっと緊張したままだったが、終始、冗談ばかり飛び交った場は、小倉さんの気取らない素顔を見ることができた貴重な体験だった。 前出の元ディレクター女性は、「前田忠明さん、武藤まき子さん、ピーコさん…番組で仕事した方々、小倉さんと同じくみんな仕事もできて、イイ人だという人ばかりで、もう2度とあんな凄いメンバーに囲まれる仕事はないだろうな、って思います」 別の元「とくダネ!」スタッフは、「番組で大きな失敗を重ねてしまい、業界を辞めようと落ち込んでいたとき、小倉さんから直に『この失敗が君を一人前にする』と励まされ、現在まで仕事を続ける糧になった」という。 「だから訃報には涙が止まらなくて…」 喋りのプロだった小倉さん、その言葉は番組外でも人々の心に響くものがあったのだろう。
片岡 亮(フリージャーナリスト)