東大入学式で話題になった馬渕俊介氏が、ナイジェリアの「ワクチン不信」を拭った方法
世界の感染症対策はアップデートできるか
――感染症対策では、それぞれの地域にいかに寄り添うかが重要だとよくわかるお話です。 【馬渕】さらに言うならば、地域のキーパーソンと意思疎通することも大切です。ナイジェリアで基本的なヘルスサービスの改善に取り組んでいたとき、同じような対策を講じても、効果が目に見える地域と、あまり状況が変わらない地域に分かれました。 その原因を探っていくと二つ見つかって、一つはヘルスセンターを回す人たちのマネジメント力。単純に言えば、「いい店長がいると店が儲かる」という話と同じです。私はかつてマッキンゼーで働いていたころ、スーパーマーケットの改善を担当した経験もありますが、お客さんといちばん近い場所で働く従業員に、どのような仕事をしてもらうかを考えることが改善のレバーになりました。 もう一つは、たとえばナイジェリアの地方では村長や宗教的リーダーが尊敬され、「彼らの言うことならば聞こう」という習慣や空気があります。そうしたコミュニティリーダーに対して、ヘルスサービスを充実して人びとの生活を改善することの効果や意味を見せて、活動をサポートしてくれるように働きかけることが重要です。 ――今後、世界が感染症対策を進めていくうえで課題は何でしょうか。 【馬渕】一つの大きな心配は、新型コロナ以降、高まり続けていたグローバルヘルスへの関心が、次第に薄れてきていることです。致し方ないこととはいえ、先進国の関心や資金は紛争や気候変動などの課題解決にシフトしています。もちろんすべて大事な問題ですが、感染症対策に使えるお金や人的資源が減っているのは懸念材料です。 世界の感染症対策は本来、国家の安全保障に関わる問題ですし、経済や社会へのインパクトも大きい。各国が「国防」という観点からお金を出すべきという主張もありますが、そうした流れにはなっていません。限られる資金では感染症の課題は解決できず、ウイルスとのいたちごっこが続きます。 2000年代以降、病気ごとに世界的な対策を講じて、感染拡大を制御する手法が効果を出してきました。これからは不規則な変化に備えて、また限られた資金をより効率的、効果的に活用するために、三大感染症や新型コロナなど、あらゆる問題に対応できる統合的なシステムを作る必要があります。例えばラボラトリーも、結核とHIVで分けるのではなく、統合されたシステムで新型感染症の検知なども含めたあらゆる検査を行なえるようにするべきでしょう。 その流れを推進するための鍵は、途上国のヘルスシステムを充実させることで、三大感染症およびパンデミック対策のそれぞれに対処してきたグローバルファンドの役割が大きいと自覚しています。ある意味では、グローバルファンド自身もアップデートして、生まれ変わる時期がきているのでしょう。 ――最後に、馬渕さん個人のこれからの目標についてお聞かせ下さい。 【馬渕】かねてから目標としてきたのは、途上国の人たちの「理不尽な死」をなくして、人びとが自分たちの夢に向かって生きていけるような世界をつくりたいということです。また、日本人がこれからますます国際的に活動していく必要があるなかで、日本人が世界でリーダーシップを発揮できる姿を見せたいとも思って色々な挑戦をしてきました。 そのうえでいま目標としているのは、今回お話ししたように、業界の方向性の変化を担っていくことです。グローバルファンドは、グローバルヘルスの領域では世界最大規模ですが、そんな巨大な国際機関が生まれ変わり、変わりゆく世界的なヘルス課題に対して大きな結果を出し続けることができれば、非常に大きなインパクトになるはずです。 私生活では3人の子どもたちが大きくなってきているのですが、家族の選択と上手くバランスをとりながら、グローバルヘルスの将来を担う仕事に関わり続けていきたいと思います。
馬渕俊介(グローバルファンド保健システムおよびパンデミック対策部長)