「鬼平」の時代考証を担当する“縁の下の力持ち”…《特に注意するのはセリフ回しです》
〈《ここ掘れワンワン…》仕官をあきらめた貧乏浪人が寺の境内で見つけた“宝物”とは!?〉 から続く 【マンガ】「鬼平犯科帳」第24話〈前編〉を読む 2021年9月のさいとう・たかを死去後も、刊行を続ける『鬼平犯科帳』。この国民的劇画の舞台裏を紹介するシリーズ第6弾は、時代考証を担当する倉品雅一郎さんが登場する。 倉品さんは小学館の漫画編集者として『ゴルゴ13』を担当、一方で江戸庶民文学にも造詣が深く、さいとう・プロダクションの特別顧問として「鬼平」の監修をされている。さいとう劇画のリアリティをいかに担保するか、その役割についてお聞きした。
さいとう劇画の”鉄則”を守る
──「鬼平」の時代考証とは、具体的にどんな作業をされるのでしょうか? 倉品 シナリオ(脚本)の初稿が、担当者を通じて送られてきます。それに目を通し、長谷川平蔵が活躍した天明・寛政期の生活や行動と違いがないか、チェックをします。 最近では、「賊除け」(コミックス121巻所収)という作品の脚本で、寺に潜む盗賊を火盗改が強引に捜査、捕縛するという設定がありました。実際には当時、寺や神社は寺社奉行の管轄で捕縛は概ね町奉行が行っていた。凶悪犯罪を扱う火盗改には越権、強権発動することもできましたが、平蔵なら管轄奉行の縄張り意識を慮ったはずと、初稿段階ではそこを伝えさせていただきました。 「ゴルゴ」にも共通していますが、さいとう劇画の“鉄則”として、読者に間違った情報を提供してはいけない、というのがあります。ですから、疑問や誤解を招くような部分は指摘させていただきました。 決定稿をあらためてチェックし、問題がなければ、構成を担当されている漫画家のひきの・しんじ先生にお渡しします。10日ぐらいでネーム(絵コンテ)が上がってくるので、作画上のアドバイスをします。ドラマの見せ所が読者に伝わるよう描かれているか、登場人物の演技がオーバーではないか、などです。ひきの先生とはビッグコミックの編集者時代に『ビッグウイング』などの作品で一緒に仕事をしているので、ツーカーの間柄なんです。 ──脚本とネームの段階で、時代考証をされるわけですね。その後は? 倉品 ネームの仕上がりを確認し、それをさいとう・プロのスタッフに渡せば、私の仕事は終りです。作画に関しては、さいとう・プロの方々は30年もの蓄積がありますから、全面的に信頼しております。 ──他に、時代考証におけるポイントがあれば教えてください。 倉品 特に注意しているのは、セリフ回しです。たとえば、武士が自分のことを「それがし」と言うか「せっしゃ」と言うかによって、立場の違いが分かります。町人でも、自分のことを「わたくし」、「手前ども」、「あっし」、「おいら」とどう言うかによって、身分や生い立ちまで分かってしまう。鬼平の読者はドラマを読み込んでくれるので、セリフにキャラクターをかぶせることができるんです。 ──なるほど。他には何かありますか? 倉品 資料などビジュアル的なものは、ひきの先生やさいとう・プロにお渡ししています。江戸時代の器などですね。実際に触ってもらって、感触を体験してもらっています。 私は浅草の生まれで、せんべい屋の伜なんです。いまは深川に住んでいます。ですから、私自身の体験として、池波作品における“粋”がよく理解できる。平蔵の描写が野暮ったい時には、あえて注意させていただいております。