残されたゲノム・データから迫る なぜ滅びた?氷河期の盛者マンモス
マンモスの過去・現在 ── そして過去へ逆戻り?
Rogers博士とSlatkin博士の論文によると、2,3遺伝的に重要と考えられる特徴が、絶滅間際のウエンゲル島の個体において確認された。 まず「嗅覚受容体」という嗅覚をつかさどる神経や細胞をコントロールする遺伝子に特異性が見られた。この嗅覚受容体は鼻の周りの神経細胞において重要な役割をはたすとされる。(ちなみにヒトは800ほどの遺伝子をもっている。)そのためこの遺伝子に異常がおきると、嗅覚をもとにえさ等を探し求める際に支障の起きた可能性がある。そして鼻の嗅覚だけでなく、例えば精子の活動(注:卵子にたどり着くために臭いをたどる)にも、影響を及ぼした可能性があったのかもしれない。 もう一つの重要と考えられる発見は、「FOXQ1」という遺伝子がこの島のマンモスの体毛に変化を及ぼした可能性だ。具体的にはやや「透明性」をおびたシルクのように「繊細な」や体毛へと変化していったそうだ。分厚い毛皮を備えていたため、氷河期時代に大繁栄をとげたマンモスの仲間。やがて引き起こされた世界規模での温暖化現象のため、北へ北へと寒冷な場所を求め、マンモス達はウランゲリ島などへたどり着いたのだろう。しかし遺伝子の(突然)変異のため、防寒用の体毛を失くしたとしたら、たまったものではない。なんという運命のいたずらか。 長大な生物史におけるさまざまな大絶滅イベントの原因を探求する際、古生物学者や地質学者は、基本的には「地球上の環境の大変化」にもとづく仮説に的をしぼる。例えば隕石の衝突、火山活動、海岸線の後退、寒冷化および温暖化などだ(白亜紀末の大絶滅の記事を参照)。こうしたパターンは、岩石などからさまざまな分析方法を用いて、直接データを手に入れることができる。 一方、(今回の研究のように)「生物の側」になにか欠損のようなものが出現し、それが元で大絶滅が起こった可能性もあるはずだ。例えば今回のケースのような遺伝子上における欠損・欠陥。マンモスの大きすぎる牙が絶滅へと向かわせた仮説も、長年提唱され続けている。種同士の直接の競争によって滅びたものもいたはずだ(例えば小型の哺乳類は、恐竜の卵を食べ尽くしたのだろか?)。ウイルスなどによる伝染病も特定の種や生物グループに壊滅的なダメージを与えたこともあったはずだ。 しかし化石研究者にとって、今回の研究者が行ったようなDNAやゲノムデータなど、マンモス以外ほとんど手に入れることなど不可能だ。中生代や古生代の動植物がウィルスに感染していた事実など、今となっては確かめようがない。「生物側」における原因は、現実的に多くの化石研究者にとって「凡上の空論」でしかない。 マンモスの歴史は生物進化の真理 ── 今までこの地球に登場した生物種の99%以上が絶滅したという事実を改めて思い出させる。「諸行無常の響きあり」「たけき者も遂にはほろびぬ」と壇ノ浦の合戦で敗れた平家一門のように。しかし、最新のマンモスのゲノム研究は、近い将来「クローン・マンモスの誕生」を匂わせているようだ。倫理面での是非はその道の識者の方にゆだねておく。ただ一化石研究及び生物進化研究者として正直に言わせていただくと、「生きたマンモスをこの目で実際に見てみたい」という欲求は抑えることができない。「ベービー・マンモス誕生」のニュースを耳にして、琵琶法師はどのようなメロディーを奏でてくれるのだろうか?