作家・九段理江さんの短編小説のススメ。 答えを求めない、〝解釈する魅力〞にハマる。
短編が面白そうだ、と思ったのは出版社〈田畑書店〉が発売をはじめた「ポケットアンソロジー」シリーズを目にしたから。1編から買える上に、お気に入りだけをまとめてオリジナルの本も作れるのだ。そこで短編好きでもある作家・九段理江さんにその魅力を聞いた。ならではの味わいを楽しめる小説から、マンガ、さらに短編ドラマの作り方まで全9作。 九段理江 小説家 くだん・りえ/1990年、埼玉県生まれ。独学で小説を学び、2021年に「悪い音楽」で文學界新人賞を受賞しデビュー。2作目の「Schoolgirl」で芥川賞候補に。写真:今井知佑(文藝春秋)
「 短いからこそ、何度も読める。読むほどに解釈が広がる 」
短い物語のなかに自分なりの読み方を発見することが短編小説の面白さ。そう気づかせてくれたのが、「大聖堂」をはじめとするレイモンド・カーヴァーの作品たち。といっても、初めはなにがいいのか正直わかりませんでした。説明が少なくて余白が多いんです。でも何度も読み返すうちに、エッセンシャルな文章だけを残しているのだと気がついて。つまり、解釈は読者次第。ただ受動的に文字を追うのではなく、自分で読むポイントを発見しながらページをめくれば、とても奥行きがあって面白いことがわかるはずです。 そんな奥行きある作品に「午後の最後の芝生」も。村上春樹さんの作品のなかでも最も読み返している一編です。1行目から読みどころで、「僕が芝生を刈っていたのは十八か十九の頃だから、もう十四年か、十五年前のことになる。」と始まるのですが、すぐあとにほとんど同じ文章が。ただ「頃」が「ころ」とひらがなになっているんですね。ミスではないだろうし、ではどうして? と気になって仕方ない(笑)。それに、なんでこんな書き方をしているんだろう? とも。例えば「十五年ほど前に、僕は芝生を刈っていた」でもいいですよね。思うに、ただの思い出話ではなく、なにか言いにくいことを話しますよ、と読者に伝えるための構造じゃないかと私は想像しています。もちろん、答えは知りません(笑)。こうして考えながら読み進めていくのが楽しいんです。村上さんの短編といえば、昨年、映画『ドライブ・マイ・カー』が公開されましたね。原作はとても短いけれど、上映時間は3時間ほどと長尺。これも小説の余白に想像を膨らませたからこそで、改めて短編のよさを実感しました。 短いからこそ、作家やジャンルの入門編にもおすすめです。ヴァージニア・ウルフなら「キュー植物園」を。彼女の特徴でもある、視点移動を感じられます。SFに抵抗があるなら「選抜宇宙種族の本づくり習性」がおすすめ科学用語が少なく、シンプルにストーリーを楽しめるので、無理なくSF的世界観を楽しめるはずです。ご存じ、日本の文豪たちの短編にも魅力的なものが多い。太宰治なら「駈込み訴え」。『人間失格』のテーマとしても描かれる、人間の善悪を象徴的に描いています。イエスの弟子ユダの独白だけで構成されるのは短編ならでは。内田百閒の「件」は、件という妖怪になってしまった人がただただ困惑し続けるというシュールな物語。 なにも解決されないまま終わっていきます。同じくラストが印象的な作品が小島信夫の「汽車の中」。とことん不条理な状況に追い込まれた主人公は、最後は「無」になる(笑)。こうやって不意な表現が読めるのもまた、短編の魅力のひとつだと思います。 作家にとって短編の執筆はかなり自由度が高いんです。一方で、長編は時間をかけた綿密なリサーチを経て書くので、自然と気合も入る。読者の立場で考えれば、長編を「読んでみてよ」と薦めるのはハードルが高いけれど、短編なら気楽ですよね。いつでもリップクリームくらいの感覚でバッグに入れておいて、貸し借りすれば一層楽しめるはず。 最後に2冊だけ小説以外の短編に関連する本を。『物語の作り方ガルシア=マルケスのシナリオ教室』は、30 分の短編ドラマの作り方を考える講義録。。作家がその手の内を明かしちゃう、刺激的な読み物です。「柳の木」は短編マンガの名手でもある萩はぎ尾お望も都との一作。たった20ページほどで、しかもコマは定点観測するように淡々と柳の木と、そのそばに立つ1人の女性を描くだけ。でもラストのセリフに泣きます。大傑作なのでぜひ読んでみてほしいですね。