日給9000円、高齢者が多い「警備業の実態」…生き残る企業と廃業する企業の「決定的な差」
豊富な人手が、過当競争とサービス価格低下を引き起こした
従業員の報酬水準は労働市場の需給に応じて変動する。需給が緩めば給与水準は下がり、逆にタイト化すれば給与水準は上がる。そういう意味で言えば、労働供給のプールが潤沢にあった2000年代は労働市場の需給が緩み、賃金が抑圧されていた時代にあったと位置付けることができる。 潤沢な労働供給が与える影響は、労働市場の内部のみにとどまらない。労働市場の需給変化があらゆる業界の競争環境を変動させ、財・サービス市場にも影響を与えていたとみられるのである。 担当者から提供いただいた資料をみると、この地方エリアの警備料金は2000年頃には1万5000円くらいであったが、リーマンショック後には8000円ほどまで低下し、そこから人手不足によって大きく回復し、足元では2万3000円くらいに上がっている。 警備料金と警備員の日給水準は連動する。そして、その因果は一方通行ではない。警備料金が安いから警備員の日給を十分に払えない事情があるのと同時に、安い日給で働く人がいくらでもいるから、それに伴って警備料金が下がるのである。 「現在、このエリアで警備業を営んでいる会社は13社ほどあります。そのうち2社は大手企業の営業所になります。そのほかは私たちみたいに小規模で事業を営んでいる会社です。弊社でも大きいほうですね。過去にはもっとたくさんの会社がありました。 2000年代には、警備会社に勤めている方が独立し、安さを売りに新規参入する会社が後を断ちませんでしたから。それもやはり人材が容易に確保できたからでしょう。この業界の仕事は極端に言えば人さえいれば成り立つ商売なのです。 それで何が起こったかというと、警備業を営むプレイヤーの数が増えて競争が激しくなるわけです。新しくできた会社は、うちではもっと安い料金でできますと建設会社に営業します。 こうした企業と戦うためには、既存の企業も安い料金で請け負わざるを得ません。豊富な人手が過当競争を引き起こし、建設会社からも厳しい価格交渉に遭います。結果的には、ダンピングとも言えるような事態が横行しました。それが受注単価の低下につながり、ひいては従業員の日給のさらなる低下にもつながったわけです」 過去、建設業界からの激しいダンピングに遭うなかで、警備業界は安い労働力を大量に活用し薄利多売で利益を上げることを選択してきた。ただ、担当者の話を聞けば、それが企業の自律的な意思であったというよりも、市場メカニズムが企業にそのような行動を強いたというほうが正確に思える。 しかし、ここ10年ほどで警備業界が直面する市場環境は大きく変わってきている。近年では人がどんどんいなくなるなか、過去と同じような賃金水準で人手を集めることは不可能になってきているからである。 「警備業界も今まで以上に高い給与水準や福利厚生がないと他業界に従業員が流れていきます。いまは募集をかけても、安い報酬では見向きもされません。逆に言えば、やっと警備員の方に仕事に見合うだけの報酬を支払うことができる業界になりつつあるのだとも言えます。 業界の市場構造も変わってきています。過去、安い警備料金でこのエリアを席巻してきたある会社は、全盛期に80名くらいの従業員を有していましたが、その後従業員が急速に減少して廃業しました。そのほかに従業員数が大幅に減っている会社も含めると、そういう会社がこのエリアでも4社ほどあります。これからは従業員にきちんとした待遇を用意できる企業だけが生き残っていく時代になるはずです。 地方公共団体など発注元の意識も変わってきています。限りある人材を有効に活用するためには、公共工事の平準化や工期の柔軟化など繁閑の波を抑える仕組みが必要不可欠です。私たち業界としても建設業界などと連携して、国や地方自治体に労働者が働きやすい環境を整えるよう、働きかけを強めていきたいと思っています」
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)