ニクラスを下し栄冠に輝いたトム・ワトソン。「私のゴルフをワンレベル上に押し上げてくれた」【レジェンドたちの全米オープン・1982年】
帝王と呼ばれたジャック・ニクラスの背中を追いかけてきたトム・ワトソンが「ジャックを抜いた」と実感した瞬間がある。それは1982年ペブルビーチGLでおこなわれた第82回全米オープンである。最終日の上がり2ホール連続バーディでニクラスに2打差をつけ初の全米オープン戴冠(メジャー通算6勝目/通算8勝)を果たしたことは彼とって特別な意味があった。今年、トム・ワトソンをはじめ全米オープン覇者4人と会う機会を得た筆者が彼らから直接聞いた話をお届けしよう!
「プロになってすぐツアーを席巻したジャック(ニクラス)と違って私は下積み時代を経験しました。当時ジャックとミスター・パーマー(アーノルド)はスーパースター。2人が金無垢のロレックスをしているのを見て、自分もいつかそれが買えるくらい稼ぎたいと思ったものです」 77年のマスターズと全英オープンでニクラスを下して優勝し、帝王の後継者という意味の“新帝王”と呼ばれたが、当時も本人は完全にニクラスを凌駕したとは思っていなかった。 しかし82年の全米オープンで彼は初めて「ジャックに勝った」ことを実感した。 トップタイで迎えた最終日3打差にニクラスがいた。1番ボギーのニクラスと2番で幸先の良いバーディを奪ったワトソンとの差は5打に広がった。しかしニクラスは3番から5連続バーディを奪う猛チャージ。 先にニクラスが通算4アンダーでホールアウトし、ワトソンは難しい2ホールを残し4アンダーで並んだ。勝つためにはどちらかでバーディを決めなければならない。 ところが17番200ヤードのパー3で2番アイアンのティーショットをグリーン奥のウェイストエリアに打ち込んでしまう。 ホールアウト後この場面を中継で見ていたニクラスは「自分に勝つチャンスが巡ってきた」と思った。 キャディのブルース・エドワーズ(故人)も最悪のライだったため「カップに寄せるのはほぼ不可能」と判断。ワトソンに「なるべく寄せよう」と声をかけた。 するとワトソンは「寄せろ、だって? 絶対沈めてやる!」というとゴルフ史に残る1打を放ったのだ。 打球はピンに当たりカップに吸い込まれチップインバーディ。 その瞬間ワトソンはクラブを強く握ったままエドワーズを指差し「そら見たことか!」といわんばりに駆け出した。 「この1打が私のゴルフをワンレベル上に押し上げてくれました」 ペブルビーチはワトソンにとって聖地だ。 現役最後、ここで最後にプレーしたとき最終ホールでカップから拾ったボールにキスをして海に投げた。 「これだけ海に囲まれながら一度も入らなかった。コースにお礼と感謝を込めて投げました」 今年のマスターズでニクラス、ゲーリー・プレーヤーとともにオーナリースターターを務めたワトソンと昼食のテーブルを囲んだときのこと。 彼は目の前のシュリンプカクテルを指差し、「あなた(ニクラス)のショットはこのエビみたいに曲がりましたよね」と帝王をからかった。 「まったく、だからキミが嫌いなんだよ」とけなされながらニクラスはやけにうれしそうだった。ちなみに82年の全米オープンの準優勝はニクラスにとってメジャー18回目の2位だった。
川野美佳