世界最高峰・マン島TTレースを完全制覇したホンダ、倒産危機の中でも本田宗一郎がブレずに追い求めたもの
■ 経営理念を「現場の羅針盤」として機能させる ──経営者が経営理念への本気度を示した例として、著書ではホンダが挑んだ世界最高峰オートバイレースについて解説しています。なぜ、本田氏は自社が倒産の危機に見舞われる中でレースへの参戦を決めたのでしょうか。 伊丹 ホンダは1954年、エンジンの不良によって主力製品での返品が相次ぐ事態となり、倒産の危機に直面しました。しかし、大変なときだからこそ、その先にある大きな夢を追う姿勢を見せないと「世界を視野に」という経営理念の実現はない、と考えました。 ここでホンダは世界最高峰オートバイレース「マン島TTレース」に参戦宣言したわけですが、こうした経営判断によって業績が一層悪化する恐れもありました。本田氏は危機の中、実際にマン島TTレースの現場視察にも出掛けていきましたから、「会社の一大事に何をしているんだ」と従業員が反発してもおかしくない場面だったかもしれません。それでも、不良品対応が終わった先の未来を見据えて、経営理念を貫く背中を見せるべきだと覚悟を決めたのでしょう。 その後、ホンダは1959年からマン島TTレースに参戦し、1961年には「250ccクラスと125ccクラスで1~5位を独占して完全優勝」という快挙を成し遂げています。結果、本田氏は従業員に対して「本気で世界を目指す」という強い意志を伝えることができ、その一貫した姿勢から従業員の信頼を勝ち得ることもできました。加えて、レースに優勝したことで、従業員が「自分たちはやれるんだ」という自信を持つことにもつながったことでしょう。 時々、降って湧いたように未来について語る経営者がいますが、多くの従業員は「経営危機から目をそらすための猿芝居ではないか」と見抜いています。一貫した経営哲学が従業員に伝わってこそ「現場の羅針盤」としての経営理念が実を結ぶのです。
三上 佳大