「NPBの初代審判長」が明かす日本シリーズで起きた“物議を醸した伝説のジャッジ”の知られざる裏側
通算2902試合をジャッジし、初代NPB審判長なども務めた元プロ野球審判員の井野 修氏が現役時代のことを赤裸々に語った最新書籍『プロ野球は、審判が9割 マスク越しに見た伝説の攻防』(幻冬舎)が発売中だ。 「どこにいるんだ!」CS終戦後に起こった「佐々木朗希神隠し事件」とロッテが続ける「超VIP待遇」 横浜DeNAベイスターズと福岡ソフトバンクホークスで争われている’24年の日本シリーズ。そんな熱戦をさらに深く楽しむべく、話題の一冊から日本シリーズを盛り上げた「伝説のジャッジ」を紹介。内容を一部抜粋、再編集してお届けする(表現や表記は書籍に準拠しています)。 ◆未だに語り継がれる日本シリーズの「伝説的なジャッジ」 2リーグ分立の’50年に始まった日本シリーズは、’23年まで74度を数えます。「伝説的なジャッジ」を紹介しましょう。 まず、円城寺満審判員(1908年生まれ、審判員歴通算21年、2373試合出場)です。 ’61年日本シリーズ巨人― 南海第4戦(後楽園球場)。巨人の2勝1敗、1点ビハインドの9回裏二死満塁。ジョー・スタンカ投手が、宮本敏雄選手を2ストライクと追い込んで投じた真ん中低目の際どい投球を、円城寺球審は「ボール」とジャッジ。 勝ったと思った野村克也捕手と鶴岡一人監督が抗議するも判定は変わらず、試合再開後に宮本選手がライトに逆転サヨナラタイムリーを放ちました。このときスタンカ投手は本塁バックアップに入ると見せかけて円城寺球審に体当たり。試合終了後、南海ナインは円城寺球審に猛抗議。結果的に巨人は6年ぶり日本一を奪回しました。 「円城寺 あれがボールか 秋の空」(詠み人知らず) 「ストライクともボールとも取れる微妙な球だった。円城寺さんが体を悪くして審判を辞められた。あるいは間違ったかな、という気になられたのではなかろうか」(鶴岡) 円城寺審判員は’83年に75歳で亡くなられました。その日本シリーズでのプレーを、ちょうど30年たった’90年に野村監督(当時・ヤクルト)に野球記者が尋ねたそうです。 「見逃しストライクで勝ったと思った瞬間、尻を少し浮かせた。際どいところだったが、ワシがドッシリ構えて捕っていれば円城寺球審はストライクと言っていたかもしれない。0.1秒早かった。悔やんでいる」 円城寺審判員がその言葉を伝え聞いていたら、きっとお喜びになっていたでしょう。審判員は滞りなくやって当たり前。「きょうの審判、誰だったの?」と言われるのが最高のほめ言葉。微妙なジャッジをくだしたときだけ名前が取り沙汰される。それだけ神経を磨り減らす職業なのです。 ◆「ホームラン」か「ファウル」かで1時間以上の猛抗議も 次に岡田功審判員(’31年生まれ、審判員歴通算36年、3902試合出場)です。 ’69年日本シリーズ巨人―阪急第4戦(後楽園球場)。ダブルスチールで三塁走者・土井正三選手(巨人)の左足が岡村浩二捕手(阪急)のブロックでアウトと思われたが、「セーフ」のジャッジ。 岡村捕手は右手で岡田球審に殴りかかり、退場処分。しかし、ブロックの隙間に土井選手が左足を伸ばしてセーフだったことが、翌日の報知新聞の写真で証明されました。巨人は日本一V5を飾りました。 3人目は富澤宏哉審判員(’31年生まれ、審判員歴通算35年、3775試合出場)です。 ’78年日本シリーズのヤクルト― 阪急第7戦(後楽園球場)。4番・大杉勝男選手(ヤクルト)が足立光宏投手(阪急)の内角シュートをレフトポール際へ運びました。 レフト外審だった富澤審判員は本塁打と判定しましたが、上田利治監督(阪急)がファウルと主張、抗議は1時間19分に及んだのです(注/実際はファウルではないかと言われる)。 大杉選手は次打席で、山田久志投手(阪急)から今度は左中間に本塁打。ヤクルトは球団創設29年目にして初の日本一となりました。 富澤審判員は’59年の天覧試合、巨人―阪神戦(後楽園球場)でのレフト外審でもありました。長嶋茂雄選手が村山実投手(阪神)からレフトへサヨナラ本塁打。 村山投手いわく「あれはファウルだ!」。阪神の後輩だった江夏豊投手は「俺は1回や2回どころか100回以上ファウルだと聞いたよ」。打球は完全に本塁打だったのですが、それだけ長嶋選手や巨人に負けたくなかったという村山投手の気概だったそうです。 ◆審判がAIにとって代わることはないと断言できる訳 ’23年日本シリーズのオリックス―阪神戦で、印象的だったのは第2戦(京セラドーム大阪)です。 球審の右打者内角低目のストライクゾーンが狭く、左腕・宮城大弥投手(オリックス)のクロスファイヤーの内角ストレート、右腕・西勇輝投手(阪神)の内角シュートが、いずれもボールと判定されたというものです。 解説者の中には、こんな辛辣な意見を述べる人もいました。 「あんな審判員が日本シリーズに出てきたら困る。あんなにストライクゾーンが狭かったら試合にならない」 しかし、新聞記者にその件に関して問われた宮城投手はこう答えたのです。 「球審の判定が厳しいとか甘いとかじゃなくて、阪神さんのほうにも同じようなストライクゾーンです。だから、僕は自分の投球をするだけでした」 あのコメントを聞き、そういう感覚の選手が増えてきたのかと思い、私は嬉しく思いました。ストライクゾーンが厳しくても甘くても、試合を裁いている球審を途中で代えることはできません。 メジャーでは判定がすべてではありません。1球1球のボール、ストライクのジャッジはもちろん大切ですが、それ以上に両軍ベンチの間に立っての試合進行が大切です。1試合を通してのマネジメント能力が問われます。そして選手たちもそれを理解しているのです。 例えば、投球を捕球して捕手が投手に返球する。その時点でやっと「ボール」とコールされても、メジャーの捕手は「あれ、ボールなの。ま、仕方ないか」といった雰囲気で、意に介しません。試合は淡々と続きます。 昨今は極端な話、こんな声さえ聞こえてきます。 「リクエストをはじめ、これだけ機械化が進むのならアウトやセーフだけじゃなく、いっそのことボール、ストライクのジャッジもAIに任せてしまえばどうだろう。今さら審判員が人間である必要はあるのか」 事実、韓国プロ野球界では、今年から「ロボット審判」が導入されました。私は一度、機械に全部やらせてみるのもいいと思います。なぜなら必ず「やはり人間の審判員が必要だよね」という結論に達すると思うからです。 取材・文:井野 修
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