新iPad Pro、Macよりも先にM4チップを搭載した理由 - 松村太郎のApple深読み・先読み
Tandem OLEDは、複数のパネルで輝度を稼げるため、大きな画面でも安定した明るさを確保できます。また、応答速度向上にも寄与するといいます。有機ELパネルで起きやすいとされる焼き付きのリスクについても、表示を2つのパネルで分担することから軽減されるとしています。 なにより、ディスプレイパネル自体を薄型化できるため、iPad Pro 13インチモデルは1.3mmの薄型化を実現し、厚さはわずか5.1mmにまでなりました。実際に持ってみると、驚くべき薄さだと感じます。
加えて、課題となっていたiPad Pro 11インチへの搭載も可能となりました。11インチモデルのXDRディスプレイは初搭載となるため、その品質向上の幅は驚くべきもの。まるでステッカーを貼り付けたような発色の良さ、引き締まった黒は、iPad Proがまるで違うデバイスのように感じられました。
■新ディスプレイのために、新チップを搭載 しかし、ここで別の問題が生じます。Tandem OLEDは、M3を含めた既存のAppleシリコンでは制御できないという問題です。 これまでも、ディスプレイを制御する「ディスプレイエンジン」はAppleシリコンに搭載されてきました。可変リフレッシュレート機能「ProMotion」を用いた省電力化や、焼き付き防止のアルゴリズムの実行を司ってきた存在です。 ところがTandem OLEDは、単純にいえば、常時2つのディスプレイを同期して同時に制御するようなもので、これが既存のディスプレイエンジンでは力不足になってしまったのです。そこでiPad Pro向けに用意したのがM4だった、というわけです。 iPad Pro 13インチの薄型化と、11インチへのXDRディスプレイ搭載を図るために、有機ELパネルを採用したい。しかし、そのためのディスプレイ制御がM3では実現できない。そこで、iPad ProはM3をスキップし、新チップであるM4を採用。これが、Macよりも先にiPad ProにM4チップを採用した背景なのです。 ■機械学習処理とリアルタイム処理 M4チップ搭載のiPad Proは、毎秒38兆回の機械学習処理を行うことができるニューラルエンジンも売りとなっています。 今後iPad上では、クリエイティブな作業をサポートするうえで、機械学習処理やAIを取り入れるアプリの増加が不可欠となっています。他社のPCやスマホでも、CPU、GPUとともに「NPU」(Neural Processing Unit)の搭載が話題になってきました。 Appleは、すでにA11 Bionicチップから、iPhoneやiPadにニューラルエンジンという機械学習コア(NPU)を搭載し、Appleシリコンに移行したMacにも搭載してきました。高度な機械学習処理を取り入れる裾野は十分に広がっており、開発者がこうした機能をアプリに取り入れる環境や、投資に見合うメリットが得られるマーケットが醸成されています。 今回、iPad版のLogic Proでは、自動的に伴奏を付けたり、演奏のパートをボーカルや楽器ごとに分離する機能をデモしていました。 興味深かったのは、Final Cut Proの新バージョン。被写体の切り抜きを、フィルターを適用するようにワンタッチでこなす処理にも驚かされました。しかし、それ以上に新しかった機能は、複数のiPhoneやiPadをFinal Cut Proから遠隔操作するライブマルチカメラ収録でした。 iPhoneやiPad側には、Final Cut Cameraという独立したアプリを導入し(Appleはアプリを「遅めの春」に配信するとしている)、複数のカメラの映像をiPad Proにリアルタイムで流し込み、カメラのズームなどをコントロールしながら収録する映像を選択できる機能です。 複数の高解像度映像をリアルタイムに同時に処理できるパワフルさもまた、M4チップのポテンシャルを活かした新しい映像制作方法といえるでしょう。 ■M4は今後どうなる? Macへの搭載をスキップしてiPad Proに採用されたM4チップ。ディスプレイへの対応を強調している一方で、それ以外の処理性能面ではM3に対して大きなアドバンテージを持っていないようにも見受けられます。 そのうえで、M4が今後Macに採用される可能性はなきにしもあらずですが、2枚のOLEDディスプレイを同期させて表示させる、強力な機械学習コアを備えている、映像のリアルタイム処理などに長けている、といった特徴を見ていくと、MacよりもVision Proにふさわしいチップであるようにも思えます。 6月には毎年恒例のWWDC(世界開発者会議)が控えており、最新OS、そしてティム・クックCEOが各所で指摘する「生成AIのトレンドに対するAppleなりの答え」の行方も気になるところです。そうしたなかで、M4が果たす役割がどのように拡がるか、注目したいと思います。
松村太郎