認知症の母親を看取った2人が話す「後悔と幸せな最期」 稲垣えみ子×中村在宅医の「老いを生きる戦略」とは?
肝心なことは、その苦しい時期をどう苦しくなくしていくかってことじゃないかと思っているんですけど。 中村:そうですね、おっしゃる通りだと思います。ところで、稲垣さんは、衰えていく自分とどう向き合っていますか? 稲垣:「あれもこれもやろうとしない」ということは、つねに意識していますね。いつかはできなくなるんだから、そのときに悲しんだり絶望したりしないように、あれこれ選択せず、与えられたもの、身近なものに満足できる自分を作っていきたい。
お花見も遠出せず、近所の桜を愛でて「こんなに咲いた」とか。最期は病床六尺だから、動けなくなってもそこから目にするさまざまなもので幸せを感じられたらいいですよね。 中村:患者さんもそういうことに気づくことができるか、気づくことができないかで、違うのかもしれません。 稲垣:近所の桜でも、病室の窓から見る空でもいい。「きれい」だって気づけるかだと思います。 中村:気づきって大切ですね。自分が楽しめる方法を自分で編みだそうという方向に向かっていけばいいのですね。
■「ピンピンコロリ」は“悪魔の発想”? 稲垣:誰しもいつかは死にます。だから人生の下り坂に入ったら、そんな身近な気づきを増やしていけるように生きる戦略を変えることは、すごく自然なことなんじゃないでしょうか。 それができずに、いつまでも「上り続けることがいいんだ」って思っていると、人生の後半戦は敗北の連続になってしまう。だから、上り続けてパタンと倒れる「ピンピンコロリ」を望む人が多いですけど、それって悪魔の発想じゃないかと。
中村:悪魔の発想? 確かにそうですね。医師からすると、ピンピンコロリは突然死です。 稲垣:突然死そのものが問題というよりも、ピンピンコロリを目指すことで、下り坂の価値に気づく努力を放棄してしまって、結局人生の大事な締めくくりの時間を寂しいものにしてしまうことが本当にもったいないと思うんですよね。 中村:まずはそこの意識から変えていく必要がありますね。人生の折り返し以降は、新たな戦略のもと、しっかり下りながら新しい価値観を作っていく。それこそが幸せな最期を迎えるために必要なことなんでしょうね。
(司会・構成/岩下明日香)
稲垣 えみ子 :フリーランサー/中村 明澄 :向日葵クリニック院長 在宅医療専門医 緩和医療専門医 家庭医療専門医