本当に伝えたいのは、無私・無欲の庶民のヒーロー 歴史学者・磯田道史氏
現代社会には「公の心、共感性」が必要
「『こんな清らかな話は“現実離れ”しており、現代を生きるために何にも参考にならない』と思うかもしれませんが、今の世の中だからこそ、こういう発想が必要です」と磯田氏は語る。 たしかに、世界はお金と力をめぐるすさまじい競争社会になっている。 「自由とか個人の利益の追求は重要なことです。そのためにお金と権力という2つの柱がある。ただこの柱を上り続けていたら、必ずどこかで倒れてしまう。もう1本の柱が必要です」。 その柱とは「公の心」、「共感性」だという。「もちろんお金がないと暮していけないし、権力がないと政治ができない。でも自分だけのために利益を求め、自分だけの思想が正しいと力を追い求めると戦争が起きてしまう。そこでお金と力を“みんなのために”という公共性をもう一つの柱として組み合わせると、争いのない全き世の中ができる」
政治家は国民の一般レベルを超えない
「政治家は国民の一般レベルを超えることがない。様々な不祥事を見ても自分から政治家になりたいなどという人間は、ずうずうしいだけで、むしろ普通の人よりもダメな人が多い。しかし、政府や政治家がダメでも、庶民は生きていかなくてはならない。『政』による公助が期待できないなら、仲間同士で助け合う共助や、自分で自分を助ける自助をはじめるしかない」 こんな厳しい時代だからこそ、助け合いや、公共性ということが、非現実ではなくて、生き残りのために、一番重要になってきている。 「政府や政治家は頼れません。一般人が、世の中をよくしようとか、後世に良い影響をのこそうとか、だいそれたことを考え、何かをはじめなくては、どうにもならないところまできている」。 奇しくも熊本で大きな震災が起こり、人々が助け合って窮地を凌ぐことが必須となっている。 「一粒の花の種は地中に朽ちず。土の中に埋まっても腐ることなく、とうとう最後には千本の美しい花を咲かせる」 穀田屋十三郎が実践して後世に残した偉業――。現代に生きる人々にもこうした考え方を実践することにより、さらにより良い世の中をつくることができる。 「幸せを狭い範囲で考えないことだと思います」と磯田氏は語る。 「自分の給料が上がったとか、子どもがいい学校に入れたとか、右肩上がりの社会だったら、そんな自分のことだけ考えていれば、幸せは拡大していけたのですが、経済成長が鈍化したいまはそうはいきません。うまく幸せを分け合うことを考えないと、大変なことになる」