デザインを軸にしたら「ステージが変わった」 水門メーカー3代目はアートも建築も
デザインを軸に据えたら「ステージが変わった」
職人の3分の1が離職する経営危機を経て、乗冨さんは「メタルクリエーター(鉄工職人)」の技術力と発想を生かした自社商品の開発に着手します。そこで、佐賀のデザイナー・関光卓さんと知り合います。 2人が心掛けたのは、今ある商品をアップグレードするのではなく、デザインも機能も革新性を持たせること。そんななかで、メッシュパンやヨコナガメッシュタキビダイが生まれてきました。 コロナ禍のキャンプブームが過ぎて、キャンプギア需要も下火になってきましたが、乗冨さんは「キャンプ市場がなくなるわけではないので、しぶとく続けていきます」と話します。むしろ、デザインを経営の軸に据えることにしました。 経営の中核に据える「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」を改訂し、デザイン経営戦略室を会社に新設し、これまで新規事業が主体だったデザインの知見を、会社全体に行き届かせる考えです。 その理由を尋ねると、乗冨さんは「デザイン性の高いプロダクトを開発することで、ステージが変わってきたからです」と答えましたす。 以前は頑張っている町工場、オモシロ鉄工所として注目されていましたが、徐々に優れたデザインのプロダクトを開発できる会社、街づくりやソーシャルデザインに取り組む会社として評価されるようになってきたといいます。 「海外の賞は、受賞したからといって国内で知名度が一気に広がったり、商品が急に売れたりするということはありません。それでも、デザインに関心の高い人とのつながりが広がりました」 たとえば、本業である水門の基本的なデザインは長年、変化していません。しかし、少なからず川の生態系や水質には影響を及ぼしており、治水や防災だけでなく流域のことまで考えた水門をデザインできないか、と大学の研究者と話し合いを始めました。 家具メーカーの関家具とは、コラボレーションして水道管を使った家具ブランド「FACTORIAL」を立ち上げました。さらに、大阪万博関連や東京のアートイベント・建築関係の相談が舞い込む機会も増え、デザイナー志望の若手人材も一気に3人入社しました。
模倣品とのいたちごっこ でもやめない理由
とはいえ、良いことばかりではありません。新商品は特許を取得するなど知財関連の権利をガチガチに固めても、模倣品が後を絶ちません。特許料や、相手企業と話し合うための弁護士費用など、自分たちのプロダクトを守るためにかかるコストも一気に増えました。 それでも、歩みを止めないのは、乗冨さんが10年後、20年後を見据えているからです。 「普通の中小企業をこのまま続けていれば、新しい人が採用できず、事業も続けられなくなるかもしれません。そんなじり貧に抗うため、乗富鉄工所はたくさんある企業のなかでも目立ち、素敵な会社だと思っていただけるよう、これからもデザインで訴求力を高めていきます」
杉本崇