地面師「売主は納税のために急いでいる」…港区・2億5,000万円の物件を巡る詐欺、“なりすまし”を見破れなかった弁護士の末路【判例紹介】
地裁と高裁で分かれた判決…争点は“異例”の決済方法
このため、一審判決においては、裁判所は、弁護士Yに対して 「この遺産分割協議書の誤記に関して調査、確認を何ら行ってないものと同然の状況にあるというほかはない。」 と認定し、さらに、 「本件売買契約における決済は、最終的に、自称売主が現金で2億4000万円を受け取ることになったものであるところ、それ自体異例な決済方法であるし、昭和10年生まれで決済当時78歳の高齢であるはずの自称売主に上記のような多額の現金を交付することは、著しく安全を欠く行為といわざるを得ない。 また、上記決済方法は、銀行振込による方法などと異なり、金銭が移動した痕跡が残らないものであり、成りすましによるものであった場合、その後の金銭の流れを調査することが著しく困難になる。」 「以上の事実関係を考慮すると、弁護士Yには、自称売主の本人確認において、成りすましによるものであることを疑うべき事情があったというべきであり、これによって買主Xが損害を被ることについての結果予見可能性があったものと認められる。」 と認定しました。 そして、さらに一審判決は、原則として、 「不動産登記規則72条2項1号が、資格者代理人による本人確認は、運転免許証、住民基本台帳カード、旅券等、在留カード、特別永住者証明書又は運転経歴証明書のうちいずれか1以上の提示を求める方法によって行う旨定めていることからすれば、原則として上記方法により本人確認をすれば結果回避義務を尽くしたと評価することができる。」 と述べつつも、例外として 「もっとも、登記申請手続を遂行するに当たり職務上知り得た事情に照らし、当該申請人が申請の権限を有する登記名義人であることを疑うに足りる事情が認められる場合には、上記方法によって本人確認を行ったことによって直ちに注意義務を尽くしたと評価することはできず、さらに、当該事情の内容に応じた適切な調査をする義務を負うというべきである。」 とした上で、本件については 「これを本件についてみると、本人確認の追加資料として提出された本件遺産分割協議書は、かえって本人確認に当たり疑義を抱かせる体裁のものであり、本件売買契約の履行態様も不自然なものであったのだから、提示を受けた本件住基カードが一見して真正なものと判断されるようなものであったとしても、成りすましによって発行を受けたり、偽造によるものであるという可能性を疑うべきである。」 と認定しました。 そして、このような場合に弁護士Yとして行うべきだったこととして 1.自ら売主の自宅に赴くか、売主の自宅に確認文書を送付して回答を求めるなどして、本人確認を行う義務があった 2.また、本件売買契約の締結までに、上記のような他の手段による本人確認をする時間的余裕がなかったのであれば、弁護士Yにおいて、本人確認情報の作成や本件売買契約書調印の機会に、更に本人確認のための調査をする必要があることを指摘し、本人確認が完了するまでは本人確認情報の提供に応じられないことを申し入れ、自称売主が同申入れを拒否するのであれば、本人確認情報の提供を拒絶すべき義務があった とし、結論として、 「そうであるのに、弁護士Yは、上記のような措置を講じることなく、追加資料の提出を受けた翌日である平成26年2月26日に本人確認情報を作成及び提供するとともに、登記申請代理人として登記申請書の作成に関与したのであるから、結果回避義務に違反したというべきである。」 と述べて、弁護士Yの不法行為責任を認めました。 他方で、裁判所は弁護士Yに対して全額の賠償責任を認めたわけではなく、以下のように述べて、買主に4割の過失相殺を認めました。 「契約当事者は、自らの責任において、契約の相手方と名乗る者が真実の相手方であるかどうかの本人確認をすべきであり、契約の相手方と名乗る者から契約の立会人となること及び本人確認情報の作成を依頼された者がおり、それが弁護士であったとしても、買主X自らが弁護士Yに本人確認を依頼したものではないから、買主Xにおいても本人確認をすべきであることについて何ら変わるところはない。」 「代金約2億4,000万円を現金で支払うとの内容の本件売買契約を締結することについて、売主と面接することや本件不動産の現地を確認することなく電話でGに承諾をしているのであるから、自ら又はGをして売主の本人確認をした事実はおよそ見出せず、他にかかる事実を認めるに足りる証拠はない。」 「もっとも、他方において、弁護士Yが本人確認情報を作成したことは、不動産登記規則に基づき資格者代理人となることができる者として限定列挙されている弁護士の地位に基づいて本人確認情報を作成したのであるから、買主Xにおいては、弁護士Yが作成した本人確認情報について一定の信頼を抱き、それ以上の調査を行わなかったことについて無理からぬ面があったということもできる。」 「上記事情を考慮すると、買主Xが弁護士Yの不法行為により被った全損害から4割の過失相殺をすることが相当である。」 しかし、東京高裁判決においては、弁護士Yの責任を認めた主な要因となった2点(遺産分割協議書の記載が誤っていたこと、売買代金を現金で決済するという異例な方法であったこと)について、以下のように述べて、弁護士Yの責任を認める根拠にはならないとして、結論として一審判決を覆して弁護士Yの責任を否定しています。 ・本件遺産分割協議書には、各相続人の印鑑登録証明書が添付されており、本件遺産分割協議書に押印された印影は、印鑑登録証明書の印影と同一ないしは酷似しているものであり、印鑑登録証明書自体に不自然な点はなかったことからすると本件遺産分割協議書の相続開始日の誤りや明白に誤記と考えられる「平成44年」という誤った記載があったとしても、そのことから直ちに、成りすましを疑うべき事情があったということはできない。 ・弁護士Yは、本件売買契約書の調印の際、本件売買契約の代金について、城南信用金庫銀座支店で現金決済することを聞いたのであり、そうすると、本件売買契約締結時までの間に、現金決済となったことを明確に認識していたと認めることはできない。 ・したがって、弁護士Yは、本件本人確認情報を作成する際に相応な調査・確認を行っていると認められるのであり、それ以上に、甲谷の自宅を訪れ、あるいは、QRコードを読み取るなど、本件住基カードの提示を求める方法以外の方法によって本人確認すべき注意義務があったとは認められない。 以上のとおり、本事案は、 自称売主が申請の権限を有する登記名義人であることを疑うに足りる事情があったか という点について、地裁判決と高裁判決ではその事実認定と評価が分かれた事案です。 しかし、もし、高裁判決においても弁護士Yが当初から「売買代金を現金で決済する」という契約条件を知っていたと認定されていた場合は、どのような結論になったかはわかりませんので、専門家の責任について際どい事案であったものと考えられます。 ※この記事は、2024年8月18日時点の情報に基づいて書かれています。 北村 亮典 大江・田中・大宅法律事務所 弁護士
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