VWゴルフの呪縛を打ち破った“革命児”ワンダーシビック
革命を支えたテクノロジー
FF方式の場合、メカニズムのほとんどがフロントに集中する。舵を当てるのも駆動するのもフロントだ。仕事は全部フロントが受け持っている様に見える。そのために初期のFFではリアサスはほとんど重視されることが無かったが、これは大きな間違いだった。 重量の多くが前輪に乗っている状態で、下り坂の急カーブを曲がろうとすると、後輪を路面に押しつける力が不足してスピしまうのだ。もちろん下り坂だけで発生するわけではない。急減速しながらハンドルを切れは程度の差はあれども同じ現象が起きる。そしてこうした現象は緊急時に起きやすい。例えば子供が飛びだして来た時、急ブレーキを踏みながら避けようとすれば、この状態に陥るのである。 つまり緊急時のFF車の回避能力は実はリアサスペンションに負うところが大きいのだ。そこでホンダは、トレーリング・ビームとでも言うべき極めてユニークな形式を考案する。ド・ディオン形式にも似たそのリアサスペンションは、FRのリジッドアクスルのように、左右のサスペンションが太いチューブ(ビーム)で結ばれている。左右のタイヤはこのチューブによって相対的に位置を固定され、このチューブの両端、ハブキャリアの直前にトレーリングアームを配している。カタカナのコの字の縦棒がチューブ。上下の棒がトレーリングアームという構成だ。 しかしこれだと片側だけ突起に乗り上げた時に両輪が動いてしまうので、チューブの片側にスウェイベアリングという首振り機構を取り入れた。コの字の片側でつなぎ目の剛性を意図的に落として、ねじれを許容することで片側だけ動かすことができる。
ハチロクを凌ぐその走り
そして出来上がったワンダーシビックは、まさにコンセプト通りのものになった。コンパクトでスポーティ。走りの性能は高く、全く新しいコンセプトのクルマに見えた。その一方で無理が祟ったフロントサスペンションは不整路に弱く飛び跳ねる悪癖があった。さらに、軽さを求めたボディは「飛ばすとドアとピラーの隙間から外が見える」と言われるほど貧弱だった。それでも能力の高いリアサスペンションのおかげで走れば速いクルマだった。 後にDOHCエンジンを積んだ追加モデルとして発売されたSiは同時代のライバル、AE86を余裕で追い回すことができた。車両重量940kgのハチロクに対して、シビックは890kg。重量差でブレーキポイントが違う上、耐フェード性能でも圧勝。ロングストロークのZC型ユニットはコーナー立ちあがりの加速の付きで一枚も二枚も上手だったから、同じ腕ならシビックの圧勝だった。 30年前はまだクルマを買う若者たちの多くがそんなことをしていた時代だったのだ。今の基準ではモラルを問われる話だと思うし、そうやって走る若者たちもいないに等しい。 いまではすっかり見かけることの無くなったワンダーシビックはゴルフという巨星に挑み、無理を重ねながらも日本の意地を世界に見せたエポックメイキングな名車だった。 冒頭に「ホンダだけが飛びぬけて斬新な商品を産み出していた」と書いたが、ワンダーシビックのエンジニアリングを見ると、クルマを開発する全ての人がひとつの目的に向かって迷いなく突き進んでいく姿が浮かぶ。ワンダーシビックはそうして作られたクルマだったのだと思う。それこそがホンダが飛び抜けたメーカーでいられた大きな要因だったのではないかと思う (池田直渡・モータージャーナル)