VWゴルフの呪縛を打ち破った“革命児”ワンダーシビック
ジウジアーロが突き詰めた合理主義
ゴルフというクルマは、コンセプトからエンジニアリング、デザインのほぼ全てがジョルジェット・ジウジアーロによるものである。ジウジアーロは、ゴルフに無駄の無いクリーンでスクエアなデザインを与え、乗員をアップライトに座らせることでコンパクトながら広い室内を確保する手法を採っていた。 ビーチチェア式の座り方の椅子だと、乗員のために大きな面積を必要とするが、学校の椅子のように背もたれを直角に近く取ると面積は小さくできる。その分車高は高くなるが、クルマの取り回しはそのほとんどが平面積に依存し、重量も比較的同傾向にある。そして軽くなれば、より小さなエンジンでも同等の性能が得られる。そのためさらに軽くなる。大きく豪華にというある種のよこしまさと決別した、清潔なコンセプトの経済的なクルマは新しい時代を予感させたのである。 技術史として見れば、フィアットのダンテ・ジアコーサが完成させたエンジンとミッションを一か所にまとめた効率的なFF方式があったことは大きいが、このメカニズムの合理性を、アップライトなポジションによるコンパクトなキャビンスペースと組み合わせることで、さらなる高効率に導いたのはジウジアーロの功績だ。軽く小さく合理的なゴルフは、実用十分の高速性と、省燃費を両立させることに成功した。コロンブスの卵と言っても良いかもしれない。こうしてゴルフは全世界から喝采を得て、以後世界中のCセグメントが雪崩を打ってゴルフのコピー商品化していくのである。
革命児ワンダーシビック
しかし、ゴルフの呪縛は大きかった。そのレイアウトが徹底した合理主義に基づいていた分、ゴルフの模倣商品から脱出するための出口がない。ルーフを低くしてスポーティーを演出しようとすればクルマのサイズを大きくせざるを得ず、それでは旧世代に逆戻りしてしまう。結果的に新世代のCセグメントはどのメーカーを見てもほとんど変わらぬ相似形という状況に陥った。 このジレンマを打ち破って見せたのがワンダーシビックだ。ゴルフの合理性には、ひとつだけ穴があった。それはリアハッチの傾斜角だ。ハッチバックスタイルのクルマのデザインを合理的に突き詰めれば、リアハッチは限りなく垂直に採るのが正しい。当たり前の話だが、荷室容積は底面積と高さの積で決まる。高さを最終的に決めるのはルーフだが、そこへリアハッチが倒れ込んでくれば、その分容積が減るのは自明の理だ。 では何故、合理性を重んじるジウジアーロがそうしなかったか? リアハッチを垂直にし、その分ルーフが長くなれば、誰が見てもライトバンにしか見えなくなる。見た目もいかにも鈍重で、誰が見てもキビキビ走りそうには見えない。合理性が過ぎると商用車になってしまうのだ。そこでジウジアーロはリアハッチを大きく傾斜させその角度を45°に採る。こうすることでリアの軽快感を演出し、新時代の乗用車らしい新しいアピアランスを成立させたのだ。新しいコンセプトによる新しい乗用車であることを表現するために、それは覚悟して織り込まれた非合理だった。 シビックはその穴を見事に突いて見せた。どうしたらリアハッチを立てることができるか? ホンダはそこに着目する。そのためには長いルーフが作り出す視覚的鈍重さを打ち消す必要がある。シビックはルーフになだらかな後ろ下がりのラインを採用した。併せてドアとガラスの境界線を後ろ上がりのラインで描く。Aピラー直後で上下最大になる窓の高さは後ろに行くほど上からも下からも狭められ、尾を引く流線形になる。そのために邪魔になるBピラーは黒く塗りつぶされ、横からみたグラフィックは前後サイドウインドーがあくまでもひとつながりに見えるように処理されている。こうした緻密な作業の積み重ねによって長いルーフラインの視覚的ネガを消すことに成功するのだ。