【3・11から13年/あなたを忘れない】2人の姿 今は夢に 写真立て肌身離さず 福島県いわき市
東日本大震災の津波で妻富士子さん=当時(52)=と長女夏美さん=当時(19)=を亡くした福島県いわき市平豊間の鈴木順一さん(66)は最近、2人の夢を見るようになった。「失った直後は、どれだけ願っても夢枕に立ってくれなかったのにね」。長い歳月の中で変わることと変わらないこと、その両方を感じながら、日々を暮らしている。 一昨年に会社を定年退職し、市内のショッピングモールでパート従業員として働き始めた。客が使ったカートを回収する仕事だ。多くの人でにぎわう店内で無意識に2人に似た年頃の親子連れに目を向けてしまう。「娘が小さい時もあんなだったな。もし生きていれば結婚して子どももいて…。家内は孫と手をつないだりして」。来るはずだった将来の姿を思い描きながら、決まった位置までカートを押していく。 栃木県への家族旅行を翌日に控えた2011(平成23)年3月11日。富士子さんと夏美さんは美容室から帰宅中に津波に巻き込まれたとみられる。3月中に夏美さんが、その2カ月後に富士子さんが見つかった。
失意の中で「夢で良いから会わせてくれ」と毎晩願い続けたが、かなわなかった。津波が来ても防波堤は越えないと震災前に富士子さんに伝えていたことも申し訳なくて、ずっと心に引っ掛かっている。笑顔の2人を収めた二つ折りの写真立ては、今も肌身離さず持ち歩く。 13年が経過したからといって、悲しみが癒やされる訳ではない。ただ、最近はモールで始めた仕事のせいもあるのか、富士子さんや小さい頃の夏美さんと一緒に出かける夢を見る機会が多くなった。「あの頃に比べ、自分の気持ちが少し落ち着いてきたのかもしれない」と心境の変化も感じる。 家族にも変化があった。長男夫婦に昨年、子ができた。順一さんにとっては初孫で、長男の小さい頃とうり二つ。妻と娘を失い、一時は「最悪のこと」も考えたが、長男の存在が踏みとどまらせた。今は孫の成長が楽しみで、「長男家族に安心して暮らしてもらうことが自分の役割」と話す。 順一さんは今月、関西に住む長男を訪ねる予定だ。いつか孫にも、富士子さんと夏美さんのことを伝えてあげよう。そう考えている。
順一さんは2014年にも取材に応じた。そこからの10年は「前向きに生きようと思いつつ、やっぱり後ろ向きになる時もある」と振り返る。つらい記憶を呼び起こすメディアの取材を断らないのは、「報道が2人の友達の目にとまれば、2人のことを思い出してもらえるから」だという。