AIによる未来予測で事故ゼロ実現か? NTTとトヨタ自動車、交通事故ゼロ社会の実現に向けた「モビリティ×AI・通信」の共同取り組みに合意
10月31日、トヨタ自動車とNTT(日本電信電話)は、交通事故ゼロ社会の実現に向け、AI・通信の共同取り組みに合意、トヨタの佐藤恒治、NTTの島田明、両社長が登壇、共同記者会見で発表した。 AIによる未来予測技術での事故の「原因」と取り除くことができれば本当に事故ゼロの社会が実現するかもしれないと思わせる会見だった。 PHOTO:トヨタ自動車/NTT「つながるクルマ」の技術、次のステージへ 【他の写真を見る】ほんとに実現しそうな、AIと通信強化による交通事故ゼロ思想。 トヨタとNTTが手を組むのは何も今回が初めてではなく、2017年には「コネクティッドカー向けICT基盤の研究開発に関する協業に合意」しているし、2020年には「両社間で価値観を共有し社会の発展をめざすコアなパートナーとして、住民のニーズに応じて進化し続けるスマートシティの実現をめざし、スマートシティビジネスの事業化が可能な長期的かつ継続的な協業関係を構築することを目的」とする業務資本提携をあらためて結び、その都度双方の社長同士で握手を交わしている。 今回の内容は2017年、2020年の合意の延長線上にあるもので、ひとことでいうと、「2025年以降、共同でモビリティAI基盤の開発を開始し、2028年頃からさまざまなパートナーとともに、『ヒト・モビリティ・インフラ』の3つから構成される『三位一体』でのインフラ協調による交通事故ゼロに向けた社会実験を開始し、2030年以降の普及をめざす。」というものだ。 トヨタは2018年6月26日に、車種・機種問わず車載通信機(DCM)を標準搭載する「初代コネクティッドカー」として、いまとなっては先代型となったクラウンと現行のカローラスポーツを発表。同社の軸である大衆車(といえない出来にとっくになっているが)のカローラシリーズのカローラスポーツ、高級車クラウンの2車同日発表という異例のモデルチェンジだった。 このクラウン、カローラに倣って以降のトヨタ車にはDCM搭載が続いたが、あれから8年あまりが経過。トヨタのコネクティッドカー思想は、今回のトヨタ&NTTの「AI・通信の共同取り組み合意」で第2フェーズに突入すると解釈してもよさそうだ。 表題の「交通事故ゼロ」とは、別のいい方をすれば「何事も起きない」ということだ。「何事も起きない」ようにするには、自分と周囲の相対関係を常に把握し、お互いに近づかないようにすればよい。クルマ個々から収集したその情報を整理し、個々にフィードバックすれば、たとえ曲がり角の向こうにクルマがあろうと、その存在が事前につかめれば出合い頭衝突は「起きない」道理。 ただし、道路上には無数のクルマが走っている。状況だってコンマ何秒単位で変化しているわけで、そうなるとその情報数とて無数にして膨大。当然情報処理能力のさらなる強化が求められる。 トヨタとNTT、「モビリティ×AI・通信」実現に向けたそれぞれの役割とは? トヨタは自動車づくり、NTTは通信事業が本分であることはいまさらいうまでもない。 自動車交通に於ける「AI・通信基盤の構築」に向け、両社はそれぞれ本分に基づいた役割を担う。 まずトヨタは車両側のソフトウェアプラットフォーム、電子プラットフォームを刷新する。必要な情報の抽出、適切な通信手段でデータ収集をできるようにし、ソフトウェアそのものを迅速にアップデートできるよう、電子制御システムの見直しを進める。 警察庁の調べ(2022年)によると、2013年から2022年の間の事故発生件数は63万件から30万件へと、半分以下になっているものの、そのなかにあっても事故原因は「右左折」「出合い頭」「追突」が多くを占めているという。 この点に着目し、ふたつのアプローチを進める。 ひとつは「データドリブン開発」。地上からの走行データをAIが継続的に学習し、様々な運転シーンを生成、少ないデータで学習していく。これによってシミュレーションの精度を向上させ、ソフトウェアを改良してクルマの自立制御の性能をも向上させていく。データ収集、AI学習、精度向上、ソフト改良を常にぐるぐるまわし、全体のブラッシュアップを図ることでクルマの動きも交通の流れも賢くなっていくイメージだ。 もうひとつが「三位一体」。ヒト、クルマ、インフラ協調の3つからの情報をクルマが常に収集することで死角を減らすことができ、その情報をまたAIが学習することでひとやクルマの動きを精度高く予測した運転支援が可能になるという。 「データドリブン開発」「三位一体」の相互作用で、トヨタは例として「市街地での出合い頭事故防止」「高速道路でのスムースな合流」「郊外での移動課題に応える自動運転サービス」の実現を掲げている。 いくらクルマ側がデータ送受信の機能を備えていても、通信性能に即時性がなければ意味をなさない。見えない先のクルマの存在だって接近するクルマが知るのが遅ければ教えられていないのと同じ。出合い頭衝突は発生する。 ここから先は、「IOWN」を武器にするNTTの出番だ。 「IOWN」とはNTTにサイトによると、「革新的な技術によりこれまでのインフラの限界を超え、あらゆる情報を基に個と全体との最適化を図り、多様性を受容できる豊かな社会を創るため、光を中心とした革新的技術を活用した高速大容量通信、膨大な計算リソース等を提供可能な、端末を含むネットワーク・情報処理基盤の構想」のことで、「Innovative Optical and Wireless Network」の略称。読みは「アイオン」だ。 IOWNのキー技術は3つ。 ・All-Photonics Network(APN)/Wireless Network : クルマからの大容量データを取得、ヒト、クルマ、インフラを高速・低遅延で連携させる。 ・Digital Twin Computing(DTC) : クルマの走行状況や周辺環境をデジタル世界で再現、精度高い予測をする。 ・Cognitive Foundation(CF) : ヒト、クルマ、インフラとICTリソースを最適化する。 クルマ種々のセンサーからの大容量の情報を低遅延のネットワークで常時取得、そのデータをDTCでシミュレーションして先々を予測する。そのDTC結果をCFで全体を調和させるのだが、島田社長がプレゼンテーションのなかでさかんに「低遅延」「低消費電力」の言葉を用いていたのが印象的だ。 というのも、走行中のクルマとデータをやり取りするならその量だって膨大になる。大量の水を流すのに水道管の太さがいまのままではしょうがない。交通環境データ送受信&予測の即時性実現には大容量データの処理能力向上が不可欠だ。どうせならそのままでは天井知らずに増えてしまう消費電力も抑えなきゃ・・・そんな思いが読み取れる。 IOWNは2023年3月時点でデータ量(とその品質)を1.2倍に引き上げた上でその処理時間の1/200の遅延化を果たしている。今後さらなる向上をめざし、2030年3月以降は、低遅延1/200はそのままに、データ量は1.2倍どころではない125倍に増量、消費電力・・・というよりも、NTTは「電力効率」と称しているが、2026年頃の8~13倍期をはさんで100倍にまで引き上げるとしている。その間も低遅延能力を手つかずにはしないだろうから、もしかしたらその頃には低遅延度はいくらかでも向上(=短縮)させているかも知れない。 なお、IOWNはもともとNTTが2020年頃から構想していたもので、私たちが目にする、生活に直結するモノ・しないモノ問わず、それらモノに組み入れられた光プロセッサからの情報を一元に集約して未来を予測できるようにしようというものだ。 これだけではわかりにくいのだが、NTTのサイトでは医療現場を一例を掲げており、 「たとえば医療やヘルスケアの分野では、バイオデータを活用した高度な未来予測も考えられます。体温や血圧、心拍数などの日々のバイオデータに、これまでかかった病気の履歴、ゲノム情報などを合わせて演算処理することにより、いつ頃、何の病菌いかかりやすいかを正確に予測できます。これにより、各個人ごとの予防や、病気にかかった時の迅速な対応ができます。」 と説明している。 対象は多岐に渡り、サーバーでもPCでも工場でも家でも・・・これらのなかにたまたまクルマも含まれているに過ぎないと考えてよさそうだ。 この予測技術をクルマ分野に持ち込み、「出合い頭事故」に当てはめるとどうなるか・・・「壁向こうのクルマの存在がわからなかった」という「原因」により「出合い頭事故」という「結果」につながる。「原因」と「結果」は反対語だが、ならばよろしくない「結果」につながる「原因」をそもそも作り出さないようにすることはできないか。死角内のクルマの存在をあらかじめ接近車に報知し、一旦停止なり減速なりを促して衝突が起きないようにすれば事故は避けられる・・・どうやらIOWNは、私たちがタイムマシンでもない限り不可能と思い込んでいた、先々遭遇する事故「原因」の除去を、AI技術という別のアプローチで実現させようとしているようだ。 そして用途は何もネガティブな事象ばかりではない。 いまほとんどVICS頼りにしている渋滞情報も授受し、車両個々のコントロールに活かせれば渋滞解消の決定打になるかもしれない。 なお、今回の会見で説明はなかったが、いまやほとんどの「ヒト」がスマートフォンを所有していると考えてよい。歩行者や自転車運転者が所有しているスマートフォンからの情報を検知していれば、クルマの対歩行者、対自転車との接触も防げるのではないかと思った。あるいはそのあたりも視野に入れているかもしれない。 さて、ここまでいろいろ書いてきたが、2030年代の知能化モビリティ社会に向け、両社は次の3ステップでコマを進める構えだ。 2024年 【基盤構築フェース】モビリティ基盤づくり 2028年頃 【社会実装フェーズ】三位一体のモビリティ社会に向けたパートナーへの基礎展開 2030年代 【普及拡大フェーズ】ヒトとモビリティとインフラが調和する社会へ 2030年代の実現に向け、トヨタやNTTとはこれまでまるで結びつかないイメージの業種とも手を組んでいくのだろう。そしてもうとっくに電気・電子の時代になっている、2030年代を迎える少し前にこの構想が実現してしまうのではないかという気もする。 心配なのは車両価格の上昇だ。 さきに掲げた、2017年の現行カローラ、先代クラウン以降、トヨタ車ばかりか他のメーカー車、はては軽自動車に至るまで、通信機器を備えたものが続出している。 システム or サービス利用有無はオーナー判断に委ねられるとしても、通信機器は全車標準搭載ときたものだから、車両価格上昇の一因となっている。そうでなくとも先進安全デバイスが増えていてクルマの値段は上昇の一途にある。高機能なAIがタダで利用できるはずはなく、その通信システム代は車両価格に転嫁されるにちがいない。 インフラ全体で事故防止やスムースな交通の流れを整えてくれるのはいいのだが、所得の減少&購買力の低下に反してクルマの値上げが透けて見えたとたん、私たち庶民が置き去りにされているようにも感じた。 トヨタやNTTばかりに責任を押し付けるのは筋違いだが、これらすばらしい機能が本当の意味で発揮するのもクルマの大小にまで普及してこそ。そのためにはこれまでと変わらない値段(というよりも、いまのクルマは値段が高くなっているのでむしろ値下げしてほしいくらい。軽自動車でさえ200万!)で手に入れられることと、日本人の所得増が条件だ。
山口 尚志