ホンダと日産の統合を5年前から予言していた男 現代の「薩長連合」が結ばれた転換点とは
歴代のホンダ社長は、ほかの自動車メーカーとの協業を問われると「考慮しない」と一蹴し、その独立性への固執の強さからホンダ“モンロー主義”と呼ばれてきた。そうした姿勢を転換する発言だった。 三部が登板する前後、井上が会ったホンダの役員は「日産とホンダが連合を組むという記事を書いていましたよね」と切り出し、「実は私たちは、そういうことに興味があるんです」と続けた。井上が「これは流れが変わってきた」と確信した瞬間だった。極秘情報を知る内部の関係者から耳打ちされてスクープの端緒をつかんだのではなく、長年の自動車業界ウォッチャーの視点から「かくあるべし」と提言したところ、それに当時者たちが同調してきた、という顚末である。 水面下で協業模索の動きが始まると、その途中経過は、提言者である井上の耳にも入ってくる。 ■9千人削減のリストラでは「再生しない」 まず日産である。日産は9千人削減や生産能力の2割削減などのリストラ計画を公表しているが、井上が取材すると、「とても、あの程度のリストラでは再生しない」という悲観的な声を内部から耳にするようになった。ゴーンが乗り込んで大なたを振るったような思い切った方策を講じなければ、日産の再生は難しい、というのだ。 昨年8月に公表した日産・ホンダ両社の共同研究に関して、いくつもの分科会の検討作業が、途中で暗礁に乗り上げているという知らせも伝わってきた。「やっぱり日産の状況が想像以上に悪く、ホンダも様子見して動きづらいようでした」(井上)。井上によると、好調のホンダの二輪事業本部からは「日産と組むよりも前に、二輪と四輪で会社を分けて欲しい」と、分社化・独立の意見すら出ているという。 そこに舞い込んだのが、台湾の鴻海精密工業の動きだった。鴻海はアップルのiPhoneの組み立てで成長し、日本ではシャープを傘下に収めたことで知られる。 ■鴻海幹部が来日 日産と接触 井上は「台湾の鴻海が動いているのは知っていました」と打ち明ける。鴻海のEV事業を取り仕切っているのは、井上の旧知の取材先でもある日産出身の関潤。台北で10月に開かれた鴻海の技術展示会「テックデイ」に取材に行き、インタビューした関から「様々な提携戦略を加速させる」という感触をつかんだ。実際、鴻海は5月、世界最大の変速機メーカーの独ZFの子会社「ZFシャシーモジュール」に50%出資。それに加えて海外に多くの製造、開発拠点を持つ完成車メーカーを丸ごと買収すれば、自動車製造のノウハウが一気に手に入る。井上は、そのターゲットが、関の古巣でもある日産と想定した。 すると、まもなく、こんな情報をキャッチした。 「鴻海幹部が来日し、日産のメーンバンクのみずほフィナンシャルグループと経済産業省に日産の買収計画を打診したんです。同じころ経産省OBから私に『鴻海が日産に接触した』という情報が寄せられました」 井上によると、鴻海会長の劉揚偉は「事を荒立ててまで日産を買収したいとは思わない」と考え、あらかじめ経産省などに仁義を切り、了解を得てから買収計画を実行に移す考えだったという。それに対して、みずほも経産省も「いい顔をしなかった」と井上。 鴻海の策動に慌てたのがホンダと日産だった。「鴻海が攻めてきそうと急転直下、資本提携交渉を始めたんです」。依然として36%の日産株を保有する仏ルノーに対して鴻海が12月接触した。少しでも高く株を売りたいルノーは歓迎した。「そういう動きが背中を押したんだと推測します」。ゆえに基本合意書には、お互いに独占交渉権を持ち、もし、それを破れば1千億円の違約金を課すという排他的な条項も盛り込んだ。たとえ鴻海が言い寄ってきても、両社とも接触を拒絶するという含意がある。 「だから鴻海の動きが表面化する前に既成事実を作ろうと日本経済新聞に情報が出たのでしょう。私はそう見ています」 ■急転直下の「婚約」 破談する可能性も 短い交際期間から一気に婚約にまで進んだので、破談の可能性もあると考える。「お互いが相手のことをよく知らないまま、鴻海が突然出てきたから、婚約まで踏み込んじゃったわけです。今後、日産のデュー・ディリジェンス(厳格な資産査定)をしてみたら想像以上に財務内容がひどかったということになるかもしれないし、ホンダの株主の視点に立てば、ホンダの企業価値の低下を懸念して反対することもありえます」 23日の記者会見後、感想を聞いてみた。 「経営統合に向けての熱意のようなものが感じられませんでした。当事者が集まっているのに、どこか他人事のような感じがしました」 すなわち、ベテラン自動車ジャーナリストは、「非トヨタ軸」の結集が、すんなり行かないと見る。 さてトヨタはどう出るか。 「良い車を出しているので経営基盤は盤石で落ち込むことはないでしょうが、クルマもかつてのパソコンやスマホのようなビジネスになっていく。要は『ものづくり』の付加価値が相対的に下がって、ソフトウェアやサービスの価値が高まるスマイルカーブです。トヨタは『モビリティカンパニーではなく、モビリティサービスの会社になりたい』と言い始めています。おそらく1月のCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で、そうした概念を打ち出してくると思います」 そう予言してみせた。(敬称略)
大鹿靖明