ヒトラー政権は普通選挙で誕生した。大衆社会はなぜナチスを支持したのか?
2 「強きを助け、弱きをくじく」権威主義的パーソナリティ
フロムは当時のドイツの中産階級の人たちに、権威主義的なパーソナリティの持ち主が沢山見られることを見出しました。権威主義的なパーソナリティとは、自分より強いと思う相手にはペコペコと服従する一方で、自分より弱いと思う相手には一転して偉そうな態度をとり攻撃的になる性格類型です。 権威主義という言葉の響きからはドラえもんに出てくるジャイアンのようなキャラクターを想像しがちですが、どちらかというとジャイアンにペコペコ従いながら、のび太くんを攻撃するスネ夫くんの方が近いですね。「強きを助け、弱きをくじく」キャラクターと言ってもいいでしょう。こういうタイプの人たちが、ヒトラーという強力な指導者に率いられ、ユダヤ人の排斥を主張するナチスに惹き付けられていった、というのがフロムの見立てです。 フロムは1936年にアメリカに亡命して『自由からの逃走』を著しました。第二次世界大戦後に、アメリカのアドルノとホルクハイマーという社会心理学者がフロムの理論を検証することを試みます。アドルノたちはF尺度(ファシズム尺度)という質問項目を開発して、アンケートで権威主義の程度を測れるように工夫しました。そして元ナチスの親衛隊の隊員たちが高いF得点を示すことを見出しています。 また、当時のアメリカにも親衛隊隊員並みのF得点を示す人が少なからず存在することをも発見しました。アドルノたちは、この結果を『権威主義的パーソナリティ』という分厚い本にまとめています。
3 F尺度の測定
元々のF尺度は30項目の長い質問文から出来ていて、全部答えてもらうのは大変です。筆者はそのうち6項目を簡略化した質問文を用いて、毎年授業を履修する学生に答えてもらっています。その結果、25%程度の学生が親衛隊隊員の得点に相当する5点以上のF得点を毎年示していました。これは一つの目安ですが、権威主義が今の私たちにも無縁ではないことが分ります。 ーF尺度の30項目の質問はこちら F尺度の質問を一部紹介してみましょう。「先輩後輩などの上下のけじめはつけるべきだ」、「今の若者にはもっと規律が必要だ」というのは権威主義的な服従性を測定する質問です。フロムは、権威主義的な服従は強者と一体化して安心を得ることを目的としていて、その背後には不安があると指摘しています。先行きの不安や自信のなさを抱えた人が、誰か偉い人の言葉を信じて安心を得ようとする場合などに当るでしょう。これらの質問に「はい」と答える人が直ちに権威主義的な服従性を持つわけではありませんが、権威主義的な服従性を持つ人はこれらに「とてもそう思う」と答える傾向があります。 「自分たちの名誉が侮辱されることは、我慢できない」、「不道徳な人を排除できれば、多くの社会問題が解決するだろう」は権威主義的な攻撃性を測定する質問です。他人を露骨に攻撃すると非難されますので、権威主義的な人は理由を見つけて他人を攻撃しようとします。スネ夫くんものび太くんが何かミスをすると、ここぞとばかりに攻撃していますね。あるいは、愛のムチだとかしつけを言い訳にして体罰を与えるケースをフロムはあげています。 昨今の不倫叩きのように、倫理的な弱みがあって反撃してこない相手を攻撃するケースもあてはまりそうです。フロムは、権威主義的な攻撃をする人は実は自分に自信がないので、反撃してこない相手を選んで叩いているのだと指摘しています。権威主義的な服従性も攻撃性も自分の不安や弱さの裏返しだといえそうです。