朝ドラ『らんまん』脚本家・長田育恵が明かす創作秘話「万太郎は〈子どもみたい〉で〈明るい方向に向かい続ける〉人物。植物が持つ力に背中を押されて」
◆朝ドラを断る選択肢はなかった 私はもともとパニック障害の気があり、密室が怖く、ひどい時には電車にも乗れません。それがなぜ自宅で起きたのかと後から分析したのですが、おそらく朝ドラの仕事が始まったら、一切出ることのできない巨大な密室に閉じ込められる、といった感覚に陥ったのでしょう。 それなのに自分のなかでは、お断りするという選択肢はありませんでした。その理由のひとつが、母の存在です。 母は私が中学2年生の頃に膠原病を発症し、入退院を繰り返してきました。私はいわゆるヤングケアラーで、学業と家事で手いっぱい。下校後はそのまま母が入院している病院に行き洗濯物を持ち帰る、帰宅したら家事や食事の支度――といった生活でしたから、テレビを見る余裕はほとんどありませんでした。 そんな私が唯一見ていたのが、NHKの朝ドラ。母が朝ドラファンだったので、私も習慣的に見るようになったのです。 『らんまん』執筆のお話をいただいた時も、母は入院中でした。コロナ禍で家族の面会が許されなかったので話し相手もいなくなり、母はみるみる体調が悪くなっていました。 もし私が朝ドラの脚本を書くことになったら、母はどんなに喜ぶだろう。これが最後の親孝行になると思ったのです。その頃には、母はあまり話せなくなっていましたが、電話で「こういうお話をいただいた」と報告すると、「大丈夫。できる、できる」。 母は私が子どもの頃から、いつも私にこう言ってくれるんですが、もう、魔法の呪文ですよね。(笑) その後、母の病状はどんどん悪化し、最後は家に連れて帰って看取りました。亡くなったのは、『らんまん』の制作発表があった2022年2月2日の5日後。結局、オンエアを見てもらうことは叶いませんでした。
◆高知に訪れて主人公像ができた 『らんまん』の主人公は、日本植物学の父と呼ばれている牧野富太郎博士がモデルです。書き始めるにあたり、まず彼の原風景となった場所を訪れることにしました。私は今まで実在の人物をモデルにした評伝劇を何作か書いていますが、その際も必ずそうしてきたのです。 牧野富太郎が高知で過ごした幼少期、よく訪れていたという家の裏山にある金峰(きんぷ)神社に行くと、ごつごつした自然石の石段が迫ってきました。人の手がしっかり入った神社には境内や石段に玉砂利や磨かれた御影石が使われていたりもするけれど、金峰神社にはそういったものはなく、石段も建物も自然と見事に調和しています。 それでいて人の暮らしとかけ離れておらず、小さい子どもが毎日遊びに来るような親しみやすさがある。自然と人の距離感がすごく近い気がしました。 何より感激したのは、たくさんの種類の植物が生えていること。地面に這いつくばっているだけで一日中飽きない子どもの喜びが伝わってきました。そうか、主人公はその実感を生涯持ち続けている「子どもみたいな人」なのだろう、と。 そして、もうひとつ。私はこれまでいかなる作劇においても、「人の心が明るい方向に向かう強さ」を書きたいと思ってきました。植物もまた、太陽に向かって伸びていきます。植物に生涯を捧げた人なら、絶対、明るい方向に向かおうとし続けた人に違いない。その根幹テーマと幼少期の原風景の2つを拠り所にして、書き続けてきました。 今回、重要なモチーフである植物について調べるうちに、「そうか!」と思ったこともありました。地球上には、たくさんの植物が存在しています。それぞれの植物が開花を迎えて、次に命を繋いでいく。さらに地中も含む生態系の中では、さまざまな植物や菌類が互いに作用し合っています。 その植物の様相をそのまま、人間関係にも落とし込もう。主人公が出会った人それぞれが、自分なりの花を咲かせ、繋がっていく。人においても植物のありようを展開させればいいと、モチーフの力に、背中を押されました。
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