『アンメット』“ミヤビ”杉咲花の手術に横たわる困難 脳の前頭葉が示す失われない絆
手術を望まないミヤビの考えは、記憶を失うことの恐怖が根底にあった。記憶障害の発作は頻度が増し、「私は何をいつまで覚えていられるのか」とミヤビは自問自答する。大切な人も、交わした言葉も、一緒に過ごした日々も全てなくして、最後は何も残らないとしたら。暗闇に取り残され、三瓶もいなくなって、光が消えた世界で自分はどうなるのかと。 ミヤビを勇気づけたのは柏木と芳美だった。看護師がいくら呼びかけても食事を摂らない柏木は、芳美が差し出したスプーンからなら食べることができた。「心が覚えている」は、今作のキーフレーズ「強い感情は忘れない」に通じる。絵のモデルになったことがきっかけで夫婦になった柏木と芳美の関係は、記憶をなくしても失われなかった。 半分に分けたあんパンとドーナツは「二人で一つ」を暗示し、寄り添う二人の象徴でもある。柏木の内側前頭前野は、芳美をかけがえのない存在として知覚していたのではないか。無表情で涙を流す夫と彼を抱きしめる妻。加藤雅也と赤間麻里子は夫婦の絆を全身全霊で表現した。 恒例となったカフェのシーン。抹茶パウダーの在庫を一方的に消費する店員2(今泉力哉)をおそれてミヤビに買い物を頼んだのに、三瓶の顔を見た瞬間、ミヤビは三瓶の抹茶パウダー好き(完全な誤解)を思い出し、それが記憶喚起のきっかけになる。サプライズ出演さえ台本に取り込む遊び心と柔軟性が、ドラマに奥行きを与えていると言えそうだ。
石河コウヘイ