リオ銀メダリストが抗議 エチオピアの圧政はなぜ見過ごされてきたのか?
圧政と政府主導の経済成長の“共存”
ところが、このようなエチオピア政府による抑圧は、国際的な関心をほとんど集めてきませんでした。その背景には、エチオピアの好調な経済があります。 世界銀行の統計によると、エチオピアの一人当たりGDPは550ドルで、アフリカのなかでも貧困国の部類に入ります。しかも輸送コストの高い内陸国で、僅かに金がとれることを除けば、資源に恵まれているともいえません。 それでも、国際的な資源価格が急激に下落した2014年以降、特に石油・天然ガスを産出するアフリカ各国への投資が減退し、その経済成長が鈍化するなか、エチオピア経済は好調を維持しています。IMFの統計で2014年と2015年のGDP成長率を比べると、アフリカ平均が4.6パーセントから2.8パーセントに下落した一方、エチオピアは10.3パーセントから10.2パーセントと、ほぼ横ばいでした。 エチオピアの経済成長は、政府主導で進められてきました。1990年代後半以降、EPRDFは欧米諸国や中国など新興国からも投資を誘致し、主力産業である農業の振興に力を入れてきたのです。そのなかで、以前から盛んだったコーヒー豆の生産だけでなく、生花や野菜など全く新規の農産物関連の投資も増加。これらの産品はほとんどヨーロッパや富裕なアラブ諸国に輸出されています。また、最近では製造業にも力を入れており、中国最大の自動車メーカーの一つLifanなどが進出し、現地生産を行っています。 アフリカといえば資源、というイメージが日本では強いですが、資源が乏しい内陸国であっても、効果的な外資誘致によって、政府主導の経済成長が可能なことを示すモデルとして、エチオピアはアフリカ有数の投資対象として注目を集めているのです。
国際秩序には反旗翻さず協調的な姿勢
しかし、それは裏を返すと、外部の国がエチオピア政府の圧政に目をつむりやすい状況をも生んできました。北朝鮮や以前のリビアのように国際秩序に明らかに挑戦的な態度を示すわけでなく、しかも経済的なチャンスが多いなら、その国で深刻な人権侵害が発生していても、普段は人権尊重を掲げる欧米諸国がそれを無視することは珍しくありません。この点でエチオピアを取り巻く国際環境は、東南アジア最後のフロンティアと呼ばれ、各国から投資が相次ぎながら、迫害を逃れて難民となる少数民族が後を絶たないミャンマーのそれと共通します。 これに加えて、エチオピア政府は隣国ソマリアを拠点に活動を活発化させている、アルカイダ系イスラム過激派「アル・シャバーブ」の取り締まりでも、日本を含む先進国と協調しています。これもやはり、エチオピア政府の暗部が国際的に伝えられにくい要因といえます。 これらに鑑みれば、リレサ選手の抗議が届く見込みは、必ずしも高くありません。ただし、世界中の目が集まる場での抗議は、エチオピア政府にとって無視できないものです。エチオピア政府は「帰国を歓迎する」との声明を出していますが、今後リレサ選手がどんな処遇を受けるかが、エチオピアに対する国際世論の行方を左右する一つのポイントになるとみられます。
----------------------------------- ■六辻彰二(むつじ・しょうじ) 国際政治学者。博士(国際関係)。アフリカをメインフィールドに、幅広く国際政治を分析。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、東京女子大学などで教鞭をとる。著書に『世界の独裁者』(幻冬社)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『対立からわかる! 最新世界情勢』(成美堂出版)。その他、論文多数。Yahoo! ニュース個人オーサー。個人ウェブサイト