筒井康隆、G・イーガン……。人間が出てこない世界を描くSF長編に新たな傑作(レビュー)
人間が登場しない小説は、SFではそう珍しくない。異星生物のライフサイクルを超絶技巧で描くジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの「愛はさだめ、さだめは死」や、ロボット的な生命が自分で自分を解剖して世界の秘密を解き明かすテッド・チャンの「息吹」など、オールタイムベスト級の短編も多数(ともに、ハヤカワ文庫SFの同題短編集に収録)。他のジャンルではなかなか描けないという意味では、まさにSFの醍醐味。とはいえ、いくらSFでも、人間を(ほぼ)出さずに長編1冊を書き切った例は多くない。 この困難な課題に挑戦するのが、人間(の姿の人物)がひとりも出てこない中編「皆勤の徒」でデビューした酉島伝法。9月末に文庫化された第一長編『宿借りの星』では、どことも知れない異星を舞台に、かつて人類を絶滅させた多種多様な異形の殺戮生物たちが活躍する。われらが主人公マガンダラは、脚が4本、目が4個のズァングク蘇倶。文庫版には、著者みずからが描くカバーイラストおよび本文挿絵50点に加えて全登場種蘇倶のミニ図鑑が付属しているので、異星生物なんかイメージできないという人もご心配なく。 物語の骨格は、罪を犯して祖国を追われた凶状持ちのマガンダラが、兄弟分の契りを交わしたラホイ蘇倶のマナーゾとともに旅をする、怪物版“次郎長三国志”。見慣れない造語が山ほど出てくるが、ストーリーはいたってわかりやすいので、ぜひともこの未知なる世界にトライしてほしい。2020年の第40回日本SF大賞受賞作。
しかし、日本SFで人間が出てこない長編の代表と言えば、1984年に新潮社の看板叢書〈純文学書下ろし特別作品〉から出た筒井康隆の大作『虚航船団』(新潮文庫)だろう。最初に登場するコンパス以下、文房具ばかり搭乗する宇宙船が、鼬族十種が文明を築いた惑星に侵攻し、悪逆非道の限りをつくす。
グレッグ・イーガン『ディアスポラ』(山岸真訳、ハヤカワ文庫SF)は、遠未来、ソフトウェアから生れた“孤児”ヤチマの遥かな冒険の旅を描く永遠の名作。 [レビュアー]大森望(翻訳家・評論家) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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