企業経営の標準はむしろ創業者モード

一方、会社の経営には「創業者モード」とでも呼ぶべき別の種類があるという。これは起業家がスタートアップを創業した当時の経営手法を指している。が、興味深いことにグレアム氏はそれが何であるかを正確に知らないという。むしろ「そのような経営方式(モード)があるようだ」と推察(infer)できるというのである。 そうした推察の範囲内で言えば、「創業者モード」とはCEOのような経営者が製品開発からマーケティング、対外コミュニケーションまで業務全般に直接関わり、強いリーダーシップを発揮する方式である。恐らく(前述の)チェスキー氏が自分の会社を立て直したときも、基本的にはこうした創業時の経営スタイルに戻したのであろう。 あるいは企業がある程度大きくなった後でも、経営者が中間管理職を飛ばして各部門の従業員と直接話し合う「スキップ・レベル・ミーティング」などが創業者モードの一例と言えるだろう。チェスキー氏が故ジョブズ氏の経営から学んだのも、まさにこうした手法であった。 しかし、これらはあくまで経験談やエピソードに過ぎず、厳密に「創業者モード」が何であるかは未だ誰も知らないという。この点について、グレアム氏は自身のブログの中で次のように述べている。 「私が知る限り、創業者モードについて書かれた書物は存在しないし、ビジネス・スクール(経営大学院)ではそうした経営方式が存在することすら知らない。ただ創業者(経営者)が自身の経験から、そのようなモードが存在すると感じているに過ぎない。(中略) 今後数年の間に(創業者モードの研究が進み)それが詳しく理解されることを望んでいる。(中略)そうすればスキップ・レベル・ミーティングのような手法が特別なものではなく、むしろ企業経営の標準(norm)となるだろう」 この点こそ、恐らくグレアム氏が自身のブログで最も言いたかったことであろう。 これまでの常識では、企業がスタートアップから大企業へと成長する過程で、その経営方式は創業者モードからマネージャー・モードへと移行することが暗黙の了解事項となっていた。ちょうど人間の子供が成長する過程で大人の成熟した生き方へと移行するように、企業も同じく成熟したマネージャー・モードへと移行するのが当然と考えられたのである。 つまりマネージャー・モードが企業経営の標準であり、逆に創業者モードはスタートアップならではの一過性の経営方式に過ぎなかった。だからこそビジネス・スクールでも、これまで創業者モードに関する研究が進まなかったのである。こうしたスクールが学生に教えてくれるのはマネージャー・モードだけだ。 しかしチェスキー氏ら成功した起業家の経験に従えば、そうした過去の常識は間違っている。むしろスタートアップが大企業へと成長しても、その経営は初期の創業者モードを維持するのが正解だ。つまり「企業経営の標準は、むしろ創業者モードである」と主張しているのだ。