米国で高まる核戦力増強論:中ロと「三者拮抗」の危険な時代へ?
同盟国への「核の傘」にも不安
最終報告は、核を含まない通常戦力面でも「戦力不足に陥る懸念がある」と指摘している(※4)。米国は2018年の「国家防衛戦略」以降、「2つの戦争に同時対処できる戦力」(2正面作戦)を放棄して、実質的に「一つの大型戦争に勝利し、他の一つを抑止する(1.5正面)」という戦力計画を基盤に据えている。しかし、現在でもロシアはウクライナ問題で「核の脅し」を振りかざし、インド太平洋では中国が台湾に対する武力侵攻の構えを崩していない。 将来的に中ロが結託して欧州とアジアの二つの戦域で同時または連続的に有事を引き起こせば、1.5正面では対応しきれない。米国の「拡大抑止」(核の傘)に依存する国々も深刻な対応を迫られるだろう。米国自体の安全はもとより、欧州やアジアの同盟国に重大な不安と混乱を招く恐れも否定できない。こうした心配から、最終報告は米国が戦略核だけでなく、戦域・戦術核や通常戦力に関しても速やかに増強を図り、同盟諸国には連携と応分の協力を求めるべきだとしている。
鍵は次期大統領に
ただ、米国が本格的な核増強に乗り出すことに対しては批判的な意見もある。核軍縮・軍備管理を重視する米国科学者連盟(FAS)は、「中ロを刺激して、3カ国の全てが抑制のきかない核軍拡競争へエスカレートする危険がある」などの理由から最終報告の提言を批判し、「中ロを含む軍備管理協議の道も模索すべきだ」と反論している(※5)。 「力による平和」や対中強硬論を掲げて、核増強にも前向きだったトランプ前政権に対し、バイデン政権はこれまで核の役割を縮小する外交を志向してきた。2030年代の「三つどもえ」に向けて米国がどんな対応を取るのか。その最終的な選択は、11月の米大統領選で誰が勝利するかに委ねられている。
注釈
(※1) 「中国の軍事・安全保障に関する議会報告2022年版」。2022 Report on Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China, US Department of Defense, Nov.29, 2022. (※2) 読売新聞6月18日朝刊「中国核弾頭24発配備か 国際平和研推計」。 (※3) 議会超党派委員会の最終報告。The Final Report of the Congressional Commission on the Strategic Posture of the United States, America’s Strategic Posture, October 12, 2023. (※4) 「米国の戦略態勢に関する議会委員会の最終報告書を読む」、福田潤一、笹川平和財団日米関係インサイト、2024年7月25日。 (※5) “Strategic Posture Commission Report Calls for Broad Nuclear Buildup,” By Hans Kristensen & Matt Korda & Eliana Johns & Mackenzie Knight,FAS, Oct.12, 2023
【Profile】
高畑 昭男 公益財団法人ニッポンドットコム理事。1949年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒。毎日新聞北米総局長、同論説副委員長、産経新聞特別記者兼論説副委員長、白鴎大学教授などを経て2022年より現職。著書に『「世界の警察官」をやめたアメリカ』(2015年、ウエッジ)など。