ソクラテスの「産婆術」、老子の「空虚のデザイン」…哲学者や思想家はいかに世界をアップデートしてきたか
哲学や思想をなぜ学ぶのか。それは現代社会をよりよく変えていくヒントが隠されているからだ。哲学者や思想家はずっと、その時代を支配する固定観念を壊し、新しい時代のあり方を模索し、提案してきた。実際に世界を変えてきた。『世界をアップデートする方法』を上梓したばかりの農業研究者、教育研究者の篠原信に、ノンフィクション作家の田崎健太が訊く。 【画像】ソクラテスの「産婆術」
哲学や思想を学ぶことは楽しい
農業研究者の篠原信が若年層に向けた哲学の入門書ともいうべき書籍の構想を思いついたのは、京都大学農学部在籍中のことだった。 「『ソフィーの世界』という本が話題になりました。難しい言葉を使わずに哲学を説明するという謳い文句だったんですが、あまり納得できなかった。個々の哲学者の言ったことは分かっても、だから結局、それが何になるというのか。哲学や思想をなぜ学ぶ必要があるのか、そもそもそこが分からない。私は、『あ、だから哲学・思想を学ぶのか!』が分かる本があればいいなと思ったんです」 『ソフィーの世界 哲学者からの不思議な手紙』はノルウェーの哲学教師、ヨースタイン・ゴルデルが書いたファンタジー小説の体裁をとった少年少女向けの哲学入門書である。全世界で2300万部を売り上げ、日本でも1995年に翻訳本が発売されている。 当時、篠原は学業の傍ら、学習塾を運営していた。家庭教師、塾講師として働くならばともかく、自ら塾を運営する学生は稀である。なぜ自分でやったのですかと訊ねると、親に頼らず生活費を稼がなければならなかったんです、と肩をすくめた。 「毎月3000部の塾レポートを新聞の折り込みチラシとして配ってもらいました。優秀な生徒は他の塾に通っていて、うちに来たのはあまり勉強が出来ない子が多くて。ブルーオーシャン(競争の少ない市場)はそこしかなかった」 篠原自身も子ども時代の成績は良くなかった。 「中学校のときの偏差値は52。塾に来る子どもたちがぼくよりも劣っているとは思わなかった」 彼ら、彼女たちと向き合って気がついたのは総じて勉強することを楽しんでいないことだった。 「勉強しろ、勉強しろと言われ続けてきたんでしょう。勉強しなかったらあーなるぞ、こーなるぞと脅されて。勉強に限らず脅されてやるのはつまらないですよね」 大学生時代、篠原は思想、哲学の本を読み耽っている。哲学や思想を学ぶことは楽しい。このことを伝えたいと考えた。 「勉強の中でも一番面白くないとされる哲学、思想さえ面白いなら、学ぶことはすべて面白いと思ってもらえると考えました」 その思いが結実したのが今回の『世界をアップデートする方法 哲学・思想の学び方』である。哲学者、思想家の名前は歴史の教科書に掲載されている。ぼくたちは彼らの功績という無味乾燥で退屈な「定義」を丸暗記しなければならなかった。篠原がこの本で意図したのは、哲学者、思想家に貼り付けられた無味なラベルを剥がすことだ。