将棋界からM-1挑戦!谷合廣紀四段&山本博志五段がお笑いコンビ「銀沙飛燕」結成
将棋界の話題を取り上げる「王手報知リターンズ」の第9回は、漫才コンビを組み、将棋界からM―1グランプリ出場を目指す谷合廣紀四段(30)と山本博志五段(27)が登場。東大大学院情報理工学系研究科修士課程修了で寡黙な谷合と、江東区の下町育ちで明るい山本が、漫才未経験ながら「銀沙飛燕(ぎんさひえん)」のコンビ名で、スポットライトの当たるセンターマイクの前に立つ。(瀬戸 花音) 【写真】“異端ルーキー”としてデビューした山本 「つかみはどうしようか」「このボケ伝わるかな?」―。都内のハンバーガーショップで、谷合の書いてきたネタを見ながら、アイデアを出していく山本。2人が目指しているのは、M―1。そんな2人の職業は将棋の棋士である。 きっかけは1年3か月ほど前にさかのぼる。2023年1月、東京・将棋会館の廊下で谷合と会った山本は「あけましておめでとうございます」の後、「僕、(M―1に)人生で一回は出てみたいんですよね」と続けた。 山本(以下、山)「正月ってM―1の興奮がまだ冷めやらぬ感じなので言ってみたら、谷合さんが意外にも『俺もなんだよね』って。棋士にとっても意外とメジャーな夢だったんだなあって」 山本にとっては冗談交じりの言葉だったが、“誤算”があった。谷合は東大将棋部時代の仲間が吉本興業にマネジャーとして勤めている関係で、文化人枠として吉本に所属していたのだ。 山「谷合さんが吉本に所属しているのをうっかり忘れていた(笑い)。吉本のYouTube『と金チャンネル』にも出て、宣言しちゃう形に…」 谷合(以下、谷)「ここまできたら後戻りできないようにしてやろうって思って(笑い)。行動しないと始まらないから。言うだけなら簡単だけど」 意外にもお笑いに本気だったのは、寡黙に見える谷合だった。お笑いにはまったのは東大受験を控えた11年のこと。同年、棋士養成機関「奨励会」でプロ入り一歩手前の三段に昇段した。対局で大阪遠征の後、東京に戻って予備校に通うような日々の中で、唯一の癒やしがコントグループ「ラーメンズ」だった。 谷「その時に一日に一本だけ、ラーメンズのコントは見ていいってルールを決めたんです。(同じ映像を)何周もしました。次の展開が分かってても笑える。もう次のセリフで何を言うか全部覚えてるんですけどね(笑い)」 結果として、谷合は現役で東大理科一類に合格した。一方、山本がお笑いを好きになったのはプロ入り後、もがいている時だ。お笑いは2人にとって、希望の光であった。 山「将棋は、自分が好きだった『自ら発想を編み出して、人間だけの力でやっていくやり方』が主流じゃなくなってきた。まずAIに聞いて、AIの示す定跡が主流になった。それがちょっと思った以上につらくて、芸人さんはそこから全く乖離(かいり)した世界じゃないですか。人間の発想だけでやってるから。そこに対する憧れですかね。すごく輝いて見えたんです」 2人はもう相方である。個人戦の将棋界の中で、互いに互いを認め合っている。 谷「山本さんは明るいですよね。いろんな人と仲良くできるタイプ。将棋も自分は受け将棋で、山本さんは攻め将棋。正反対とは言わないけど、自分が持っていない良さがある」 山「似ているところもありますよね? 2人とも文章で表現するのが好きとか、振り飛車党とか。谷合さんはAIに精通しながらも(AIでは評価されない)振り飛車を指したり。将棋は全然定跡系じゃないし、理論的じゃない(笑い)」 ネタは将棋関連の内容にするつもりだ。将棋を知らない人にも笑ってもらえるように試行錯誤を繰り返す。コンビ名は「銀沙飛燕」。名付けたのはそろって交流の深いトップ女流棋士・西山朋佳女流三冠(28)=白玲、女王、女流王将=だ。 山「将棋に関する名前がいいなって思っていた。東京の将棋会館には『銀沙』と『飛燕』って名前の対局室があって、西山さんが『銀沙飛燕どうかな?』って。銀沙と飛燕は奨励会の有段者がよく指す部屋で、僕らの思い出もたくさん詰まっているのでいいなって思いました」 2人は棋士である。これまで直接対決もしてきた。直近は今年2月。まさに「銀沙」での対局だった。その時は谷合に軍配が上がった。 山「これが天下分け目の一番だったんですよ。あれで負けたので、コンビの上下関係でいったら僕が下。谷合さんのいうことは聞こうって。作戦負けから粘って粘っての将棋で…」 谷「いやあ、あの日は疲れたよ」 山「将棋では負けたくないっていう気持ちは常にあります」 将棋が本業である。「漫才をやるからには将棋で勝たなければいけない」。それが2人の共通認識だ。 山「体調を崩したり、ここ2、3年ぐらいはあまり自分を追い込めていなかった。今年度はいいふうに自分を追い込めるんじゃないかなと思っている。研究会の数も増えましたし、一局入魂で頑張ります」 谷「最近は将棋が楽しい時期で。直近の勝率がいいので、この調子を今年度も維持できたらと。あと、自分の強みとして『これがあったらいいな』っていうパソコンのツールをすぐ自分で作れるので、自分用の勉強ツールを充実させて勉強効率の差で強くなれれば。今年度こそそれを完成させたいです」 未知の世界へ踏み出す不安は? 谷「不安はそんななくて、あるのはどんな内容のネタをやろうかなっていう純粋な悩み。別に期待もされてないですし…」 山「そうそう。期待しないでください(笑い)」 谷「やるからには全力でやりますけどね」 盤を挟めばライバルだけど、マイクを挟めば相方。笑顔で、笑わせる。夏に2人は舞台に立つ。 ◆2人の「推し棋士」は? 山「西山朋佳女流三冠ですね。僕らの名付け親ですから。我々も三段リーグでかぶってますし」 谷「私たちとも将棋めっちゃ指してるよね。(西山の)将棋を見てて思うのは、格下相手に全く負けないっていうのがすごいなって。普通強くても何局かは取りこぼすんですよ。全く取りこぼさないのって何でなんでしょう」 山「やっぱり気迫じゃない? あと三段の時から終盤力がずば抜けてましたよね」 谷「優勢になった時からの勝ち方が速い。スパッと決めて粘らせてくれないですよね」 山「人間的には強いのに相手を威圧しない感じで、雰囲気がぽわんとしてるのが魅力的。あんなに女流のトップで厳しい将棋をやってきているのに、あんなに周りに圧をかけないのはすごいこと。感想戦も柔らかいですからね。普通はトップの人はピリピリしていきますから。それを感じさせないのは特異な性質ですよね。そう思いません?」 谷「そう思います」 ◆谷合 廣紀(たにあい・ひろき)1994年1月6日、東京都中央区生まれ。30歳。東大大学院情報理工学系研究科修士課程修了。2011年10月、奨励会三段に昇段。12年4月、東大理科一類に入学。20年4月に四段昇段(プロ入り)し、片上大輔七段以来、史上2人目の東大出身プロ棋士となる。現在、東大大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻博士課程に在籍。特技はピアノ。 ◆山本 博志(やまもと・ひろし)1996年8月13日、東京都江東区生まれ。27歳。都立白鴎高校卒。2015年、奨励会三段に昇段。18年10月、四段昇段(プロ入り)。19年、第28期銀河戦で予選を2連勝で突破し、本戦ブロックも7連勝の最多勝で突破。23年4月、五段昇段。24年1月より週刊少年マガジンで連載中の将棋漫画「盤上のオリオン」の将棋監修を担当。三間飛車党。
報知新聞社