「イスラエルは戦争を早く終わらせろ。平和に戻れ。人々を殺すのをやめろ」トランプ発言の狙いと、ネタニヤフとのディール(取引)はあるのか?
トランプの意図
トランプ前大統領は、バイデン大統領のこの心理状態を読んだ発言をした。4月4日、保守系ラジオのインタビューの中で、「イスラエルは戦争を早く終わらせろ。平和に戻れ。人々を殺すのをやめろ」と強い口調で語った。若者層とアラブ系を自分に引き寄せるメッセージを意図的に発信したのだ。彼らが11月5日の投開票日に自分に投票しなくても、バイデン大統領に投じない、あるいは第3候補に投じるのであれば、同大統領の民主党内の票が減るという計算があっての発言であった。 さらに、トランプ前大統領は「(イスラエル軍は)建物が倒壊するビデオを公開している。ビデオを見た人は、その建物の中に多くの人々がいることを想像する」と述べて、イスラエル軍のガザ攻撃のビデオ公開を強く非難した。トランプ前大統領は、反イスラエル軍の若者やアラブ系の気持ちに意図的に寄り添うようなふりをする発言を行ったのだ。 もちろん、その狙いは、昨年10月7日のイスラム組織ハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃後、バイデン大統領のパレスチナへの対応に怒りや強い不満を持つ若者とアラブ系を自分に引き寄せることにある。 トランプ前大統領はウクライナに関して、人道とはほど遠い発言をしたことがある。その発言を1つとっても、上の発言の真意がどこにあるのかが知られる。 以前に何度も述べているが、バイデン大統領は女性、黒人、ヒスパニック系、若者、性的少数者、ユダヤ系やアラブ系などから構成された「異文化連合軍」の票の組み合わせで勝利する戦略を立てている。トランプ前大統領は、今回のイスラエル・ガザ戦争を政治利用して、バイデン大統領のこの異文化連合軍から若者とアラブ系を切り離せば、勝敗を大きく左右するミシガン州で勝てるとみている節がある。
トランプとネタニヤフの「ディールの可能性」
トランプ前大統領が2020年米大統領選挙の選挙結果を覆そうと躍起になっている時、ネタニヤフ首相はバイデン大統領に当選の祝福の言葉を述べていた。トランプ前大統領はそれに激怒したと言われている。それ以来、ネタニヤフ首相を自分に対して「忠誠心のない人間」と見ているのだろう。 しかし、両氏には「刑事訴追」という共通点があり、互いを求める時がくるかもしれない。トランプ前大統領は、「元ポルノ女優への口止め料を弁護士費用として計上」「国家安全保障に関わる機密文書の持ち出し」「20年米大統領選挙の結果認定の手続きを妨害」および「南部ジョージア州で共謀して20年米大統領選挙の結果を覆そうとした罪」の4件で起訴された。一方、ネタニヤフ首相は、大物実業家から贈答品を受け入れた収賄や詐欺、背信の罪の3件で起訴された。 裁判中のトランプ前大統領とネタニヤフ首相は、これらの刑事訴追に対して「政治的迫害」であり、「自分は魔女狩りの犠牲者」であると主張している。これも2人の共通点だ。ネタニヤフ首相はともかく、トランプ前大統領の支持者は、この言葉を信じている。 トランプ前大統領とネタニヤフ首相は、2024年米大統領選挙とイスラエル・ガザ戦争を、最終的に収監を回避するために利用していると捉えることができる。自国の将来よりも自身の将来――“名誉”の“回復”と自由の追求の戦いである。 11月5日の投開票日直前に、イスラエルとハマスの間で和平交渉がまとまり、双方が恒久的停戦に合意すると、それが「オクトーバーサプライズ(選挙結果に多大な影響を与える10月に突然出てくるような驚きの出来事)」になり、若者とアラブ系がバイデン支持に戻る可能性が高まる。これはトランプ前大統領が避けたい最悪のシナリオだ。 一方、ネタニヤフ首相は、投開票日が近づくとバイデン大統領から一層の圧力をかけられ、それに屈すると、連立政権を組んだ極右から「弱いリーダー」のレッテルを張られる。それはネタニヤフ首相にとって、政権維持が困難になり、自身の存続の危機に直面する事態を意味する。同首相にとってバイデン大統領は、益々厄介な存在になるのだ。 そこで、トランプ前大統領とネタニヤフ首相の利害関係は一致する。ネタニヤフ首相が投開票日まで恒久的停戦を拒否し続け、トランプ前大統領が勝利したら、バイデン大統領が突き付けたイスラエルに対する支援の条件を緩和する。第2次トランプ政権では、ネタニヤフ首相は現在のバイデン政権よりも、圧力をかけられずに自由に行動できる。秋の米大統領選挙が、終盤まで接戦になった場合、トランプ前大統領がこのディールを持ちかける可能性は否定できない。
海野素央