「僕の家族は家を売った」――リアム・ローソンの知られざる波乱万丈なレースキャリア。泥臭く踏ん張り続け“奇跡”を掴む
リアム・ローソンが、ついにF1レギュラーシートを獲得した。昨年は、負傷したダニエル・リカルドの代役としてアルファタウリ(現RB)から5レースに出走。今回も更迭されたリカルドの後任としてシーズン途中からの参戦だが、残り6戦に出走することが保証されている。 【ギャラリー】F1通算8勝。陽気なキャラで愛されたダニエル・リカルドの歴代全マシン ここ最近は、RBのピットで傍観者として“その時”をじっと待っていたローソン。実はこれまでも、忍耐に忍耐を重ねて、やがて小さな奇跡を掴み取る……そんな泥臭いレースキャリアを歩んできた。 地元ニュージーランドのカート選手権で頭角を現したローソンは、4輪レースにステップアップするとまずは地元のシングルシーターカテゴリーに参戦した。ただ、世界の頂点を目指すにはヨーロッパで戦う必要があるのは自明。16歳の時、ニュージーランドのスポンサーから支援を受けてドイツのF4選手権に挑戦した。 しかし、そこに辿り着くまでにも苦労は絶えなかったという。レッドブルのポッドキャスト『Talking Bull』の中でローソンは、家族が自分のレース活動のために全てを捧げてくれたと語った。 「僕の両親、そして家族みんなが色んなものを捧げてくれた。特にゴーカート時代はね」 「僕の両親は、僕がレース活動を続けられるように家を売ったんだ。大きな出来事だった。ゴーカートであっても本当にお金がかかるから、彼らは文字通り全てを僕のレース活動に捧げてくれた」 ローソンはじめオセアニア出身のドライバーは、故郷から遠く遠く離れた地で忍耐強く戦うことを強いられる。現在マクラーレンで活躍するオーストラリア出身のオスカー・ピアストリも、10代をイギリスの寄宿学校で過ごした。しかしながらそこで培われた根性や粘り強さは、彼らがF1の厳しい環境を生き抜く上での糧となっているだろう。 「僕は高校も出ていないんだ」とローソンは言う。 「正直、夢を追いかけにいけるということにただただ興奮していた。もちろん大変なことばかりだけど、厳しすぎて家に帰りたいと思うようなことは一度もなかった」 2018年のADAC F4でランキング2位と好成績を収めた。しかしここでF1チームの目に留まることはなく、今後のあてもないまま、ニュージーランドに戻ってトヨタ・レーシング・シリーズを戦うことになった。この時点で、彼のF1の夢は崩れ去ろうとしていた。 「ニュージーランド出身で、海外で戦うための資金を得るのは本当に難しい」 「僕を支えてくれる素晴らしい人たち、スポンサーや投資家の支援を受けながら、ヨーロッパでシーズンを戦ってジュニアチームに目に留まるための体制を整えた。そうしなければ、F1に行くチャンスは全くなかっただろう」 「良いシーズンを過ごせたんだけど、どのチームからも声はかからなかった。2019年に何をするかも決まらないまま、オフシーズンにニュージーランドの選手権に出ることになった」 ローソンにとって幸運だったのは、2019年のトヨタ・レーシング・シリーズにレッドブルのヘルムート・マルコが視察に訪れていたということだ。レッドブルのドライバー育成を統括するマルコ博士は、当時ジュニアドライバーだったルーカス・アウアーを見に来ていた。そしてその年、ローソンはアウアーやマーカス・アームストロングを下してチャンピオンに輝く。 「ヘルムートはルーカスがいるから見に来たんだと思うけど、僕は最初の週末でとても調子が良かった」 「ヨーロッパでF4に出ていた時、ジャック・ドゥーハンがいて、彼はレッドブルジュニアの一員だった。どこかで一緒にテストをしたと思うけど、彼がレッドブルのスーツを着て歩いているのを見て、レッドブルジュニアになれたらどれほどクールだろうと思ったことを覚えている」 「そしてニュージーランドの最初の週末の後、電話がかかってきた。その時カフェにいたと思うけど、どこに座っていたかまで覚えているよ。感動したね」 「まさに完璧なタイミングで声をかけてもらって、僕のキャリアが救われた。まだその選手権(トヨタ・レーシング・シリーズ)は残っていたとはいえ、その後のプランが全くなかったからね……」 ローソンは2019年から2シーズンFIA F3に参戦し、2020年はピアストリやローガン・サージェントと互角に渡り合った。2021年からF2にステップアップして2022年にランキング3位に入ると、2023年はレッドブルのリザーブドライバーを務める傍らで日本のスーパーフォーミュラに参戦し、いきなりタイトルを争ってみせた。 その中でF1代役参戦の話が舞い込んできたが、ローソンは冷静さを失うことなく、シンガポールGPではポイントを獲得した。しかしながら翌年のRBには角田裕毅とダニエル・リカルドが継続起用されることが決まったため、今季のローソンは再びリザーブに戻った。 ただ、ローソンが見せたパフォーマンスはレッドブルに複雑な問題を引き起こした。RBが求めているのは将来的にレッドブル・レーシングの主力となり得るドライバーであり、リカルドにその力が残っていないことが明らかになるにつれて、ローソンには角田とレッドブル昇格に向けて再び競い合えるチャンスが高まっていた。 そして今回、再びF1に参戦し、自身の能力を証明するチャンスが巡ってきた。 家を売り払うほどの家族の献身、そしてキャリアが行き詰まっていた中で手を差し伸べたレッドブル……困難な道をいくつかの奇跡と共に乗り越えてきたローソン。彼がいつの日かレッドブルのトップドライバーになれば、今回のシート獲得がもうひとつの“奇跡”として、今後語り継がれることになるかもしれない。
Filip Cleeren